- 西村雅彦(にしむら・まさひこ)
- 1960年12月12日、富山県生まれ。劇団文化座を経て、三谷幸喜率いる東京サンシャインボーイズに加わる。94年の劇団の活動中止後は、舞台のみならず、テレビ、映画、ラジオなどジャンルを超えて活躍。2002年以降は、所属事務所ドリス&オレガのスタッフとともに舞台公演の企画製作を手掛け、自らも出演(『大騒動の小さな家』、『初仕事納め』など)。この5月に上演される『ナンシー』はその5作目にあたる。
社会に出て何をしようか、自分に何ができるのかということを考えたとき、たまたま地元のアマチュア劇団の人たちに出会ったのがすべてのはじまりでした。演劇に特別な興味があったわけではなく、そこで活動している人たちに興味を感じたんです。22歳のときでした。
初舞台は『卒塔婆小町』という作品で、僕の他に若い男性が少ない劇団でしたから、いきなり主役級の青年将校役に起用されたんです。結果的にこれがきっかけとなって、僕は俳優を目指して上京することになるわけです。
東京では、劇団文化座の研究生になり、1年間勉強した後に劇団員になりました。ここで脚本家の大石静さんと出会い、役者とは何か、演劇とは何かを教えてもらったことは、僕にとって貴重な体験でした。「ガチガチに固まってるから、もっとリラックスしろ」なんて、今思えば初歩的なことばかり言われていたような気もしますが、演劇の世界に生きる大石さんの人間性そのものに触れて、自分がこの世界でいかに生きていけばいいかを学んだような気がします。
劇団に入団して3年たったころには外部公演にも出る機会がありまして、ある日、木村光一さんが主宰する地人会の舞台に小さな役と裏方兼務のスタッフとしてたずさわることになったんです。そこで出会ったのが、日大芸術学部出身の大木玉樹と井口淳という男。その後、彼らの誘いで日芸OBたちで行われる芝居に出演したんですが、そこに三谷幸喜くんもゲストで参加していたんです。それが彼との最初の出会いでした。
三谷くんから東京サンシャインボーイズの公演に参加しないかとすすめられたとき、僕の中で迷いは少しもありませんでした。初めて彼の台本を読んだときから、「この男は天才では!」と思っていましたから。僕がたずさわったのは『まさかり先生の愛と冒険』という作品で、旗揚げして数年のまだ小さな劇団でしたが、このまま彼らとやり続けていけば、きっと大きな劇団になるに違いないという確信がありました。実際、ありがたいことにその確信通りになりましたね。
とはいえ、自分がプロの俳優になったと実感する機会は、なかなかありませんでした。強いてひとつのエピソードを語れば、1991年に『ショー・マスト・ゴー・オン』を上演したときの話になるでしょうか。場所は、下北沢の本多劇場。まだ小さな劇場でしか公演できなかった東京サンシャインボーイズにとっては、身に余る大舞台でしたが、大石静さんが企画した公演が中止になって、僕らに話をまわしてくれたんです。300人を超えるお客さんの前で演じるのは、初めての体験です。ところが、ラストシーンが終わったあと、そのお客さんがスタンディング・オベイションで賛辞をくださったんです。このときはもう、本当に気持ちがよかったです。
とにかくそうやって、公演する劇場が少しずつ大きくなっていったり、お客さんの数が増えていったりするたび、役者としてちゃんとやっていかなければならないなという意識が自然に芽生えていったように思います。
1994年に劇団が活動休止をすることになったときは、寂しさはありましたけど、そういう日がそろそろやってくるんじゃないかという予感はあったんです。
気心の知れた仲間と別れて、新しい出会いの中に自分を置くことになったわけですが、そのことにすぐに慣れたわけではありませんでした。テレビや映画のように、カメラの前で演技をするというのも未知の体験で、自分なりの方法論を見つけるまでには多少の時間がかかりました。
芝居が好きという気持ちは、その間もずっと僕の中にありました。僕が三谷くんと出会うきっかけを作った大木玉樹と井口淳は、ドリス&オレガという事務所を開いていて、僕も彼らと一緒に仕事をしている関係で、「芝居を作らないか?」という話になったのは自然の流れでした。
ひとつの舞台を企画製作するということは、どんなストーリーの芝居にするのかを考えるところから始まって、誰に脚本を依頼するのか、誰をキャスティングするのか、チラシのデザインはどうするのか、といったさまざまなことをゼロから立ち起こしていく作業です。楽な作業ではありません。今回の『ナンシー』の場合も、すでに7稿の台本を手直ししている段階です。過去には10稿を超えたこともあります。つねによりよいものを作ろうと思えば、それだけ手間がかかるわけですが、その手間がすべて報われて思い通りのものが作れるかというと、そうではないところも芝居作りの面白さでもあります。それは、本当に素敵な日々ですね。
取材・文/ボブ内藤 撮影/松谷祐増(TFK)



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