初舞台を踏んだのが4歳のときで、それ以前の記憶はほとんどないくらいですから僕の場合、気がついたらこの道に入っていたという感じ。学校から帰って、公演がある日は舞台に立って、その後も踊りや芝居の稽古にあけくれて。それを「仕事」と意識することもなかったし、逆に「遊び」というわけでもなく、表現することを生活の一部のように考えていました。
映画『座頭市』に出演したのは9歳のとき。カメラの前で演技をするのは生まれて初めての体験でしたが、今、思い返してみると、自分でも信じられないくらいマイペースでやってました。ただ、エンディングでタップをするシーンがあるんですけど、最初は予定されていなかったことで、途中から急遽、踊ることが決まってあわてて練習したんです。だから、親と一緒に試写会に行ったときは、ものすごく緊張していました。親の反応はどうたったかって?
覚えてません。たぶん、聞けなかったんじゃないかな(笑)。
この映画出演をきっかけに、いろんなことが変わっていきました。親だけじゃなくて、いろんな方に踊りを習うようになって、世界が広がったんです。10歳になってからは、本格的に女形の稽古も始まりました。
女形の踊りには、手足や指などの細かい仕草、体の向きなどにキチンとした形があって、それを身につけるには、何度も何度も稽古を重ねるしかありません。最初のころは、それが嫌でたまらなくて、今でも決して楽だと思ったことはありません。だけど、その積み重ねが今の自分を作っているわけだから、やってきてよかったなと思います。
2007年、16歳になった僕に大きな転機がやってきました。『早乙女太一~蒼伝説を舞う』という公演を行ったんです。初の大役だったし、しかも国際フォーラムという、それまで経験したことのない大きな舞台での公演でした。とにかく、お客さんの拍手の大きさに圧倒されるばかりで、手応えを感じるというよりも、自分の表現の小ささを知ったような体験でした。
だからその翌年、新歌舞伎座での最年少座長公演が決まったときは、大きなプレッシャーを感じました。このとき、自分に座長がつとまるなんてことは1%も思っていなかったですからね。ただこの公演には、それまで大衆演劇の合同公演で共演した先輩、大先輩がたくさん出演してくださったんですが、その方々の存在にすごく助けられたんです。これは、僕にとってとても大きな体験でした。自分という存在が、まわりの人たちの支えによって成り立っていることに気づかされ、それによって強くなれた。成長できたような気がしたんです。
同じ年には宮本亜門さん演出の『トゥーランドット』に出演するのですが、そういう心の変化があったからこそ、新しい挑戦に向かっていけたのかもしれません。宮本亜門さんにはそれこそ演技の仕方のゼロから10まで教えてもらい、本当に貴重な勉強をさせてもらいました。
2009年の10月には、劇団☆新感線の『蛮幽鬼』に出演したんですが、これも思い出深い出来事でした。劇団☆新感線は、大好きな劇団だったからです。確か12~13歳くらいのころでしたけど、同じ大衆演劇の世界で活動している橘大五郎さんに誘われて、公演を観に行ったんです。音楽、照明、立ち回り、すべてがカッコよくて、引きつけられました。僕にとって、生まれて初めて感動したお芝居といってもいいかもしれません。
もちろん、この公演でもたくさんのことを学びました。殺陣のシーンなど、今までやったことのないことがたくさんあってむずかしい稽古でしたが、逆にそれを楽しんでいる自分を発見したときは、ちょっとうれしかったですね。
こうしてこれまで、いろいろな経験を積むことで、大きく成長したという実感が今の僕にはあります。だから、何かひとつの枠に自分をあてはめるのではなく、これからもあらゆる可能性を試していきたい。そして、自分にしかできない、ひとつのジャンルを確立したいというのが夢です。
今回、明治座という大きな舞台に立つということも、自分の可能性を大きく広げてくれるものと思っています。『嗚呼、田原坂』という題材は、国際フォーラムの舞台で踊った演目のひとつということで、不思議な縁を感じます。でも、今回は芝居として結城新之助という役に挑むことになるので、これも新たなチャレンジです。共演者の方々、スタッフの方々のお力を借りながら、自分を素直に表現したいですね。
取材・文/ボブ内藤 撮影/松谷祐増(TFK)
スタイリスト/Rockey
衣装協力/DIET BUTCHER SLIM SKIN(Venom)・
RUPERT((株)P/X)・BIGLIDUE(@IZREEL渋谷パルコ店)・
A LITTLEVILLAGE,#1.











