僕が生まれ育った家には、母がピアノ、父が声楽を教えているレッスン室があり、いつもピアノの音色や歌声にあふれていました。小さいころからレッスン室を外から覗いて、「早くあのピアノを弾きたい!」と願っていたんですが、音楽大学の学生さんやチビッ子音楽家がひっきりなしに出入りしていましたから、ピアノの前に座れるのはレッスンの合間のほんのちょっとの間だけ。だから、3歳から母がピアノを教えてくれるということになったときは、本当にうれしかったです。
父にオペラに連れていってもらったときも、オーケストラピットでバイオリンを弾く人たちに憧れて、「習わせて」とせがんだんです。ところが、「ピアノの練習だけでも大変でしょう?」と1年くらい断られ続け、やっとオーケーをもらったのが7歳のころでした。祖母が、楽器をプレゼントしてくれたんです。
そんな環境に育った僕にとって、音楽はすべてでした。男の子が外でかけっこをしたり、ゲームで遊んだりするのと同じように、本能的に音楽を楽しんでいたんですね。
とても幸運な出会いだったと思いますが、挫折も何度も経験しています。最初の挫折は、小学5年生のとき。左足が大腿骨頭すべり症という病気になってしまい、半年もの間、全身をギプスで固定しながら療養しなければならなくなってしまったんです。当時習っていた空手とバスケットボールなどの運動はもちろん、ピアノとバイオリンのレッスンも1年間、中断することになり、「もう音楽はやめる」と初めて親に打ちあけました。
そんな僕を救ってくれたのは、やはり音楽でした。中学生のとき、ブラスバンドに所属してトランペットを始めたんですが、そこでヴェルディの『ナブッコ』を演奏したりするうち、また音楽熱が高まってきたんです。
最大の転機は13歳のとき。藤原歌劇団のオペラ『マクベス』にフリーアンス王子役で出演したんです。一流の歌い手、演奏家に囲まれてフィナーレを迎えたときの感動は、今でも忘れられないですね。作品そのものの迫力もそうですけど、100人近い大人たちが全身全霊をかけて表現している姿を舞台の上から見ることで、強く心を打たれたんです。そしてこれが、表現の道に進みたいと思うようになる大きなきっかけになりました。
東京芸術大学を受験するときは、ピアノ、トランペット、声楽、どの専攻を選ぶか、周囲から「早く決めなさい」と言われていたんですが、僕自身は声楽テノールの道に進むことを決意していました。
大学在学中から東京室内歌劇場のオペラ『欲望という名の電車』の日本初演をはじめ、さまざまなオペラに出演させていただいたことは、今でも僕の貴重な財産になっています。『欲望という名の電車』は数年後に再演されて同じ役をいただくんですが、自分の成長を確認することもできて、勉強になりました。
とにかくこのころの僕は、クラシック音楽の世界にどっぷり浸かっていて、ポップスやミュージカルとはまったくの無縁でした。だから大学卒業後、講師の方から「ESCOLTA(エスコルタ)というボーカルグループのオーディションがあるけど、受けてみない?」と誘われたときは、面食らいました。オーディションでは、マイクに向かって歌わなくてはいけないんですけど、これはオペラとはまったく違う歌い方なんです。メロディも、それまで歌ったことのないようなポップな曲調で、違和感を感じながらも「僕にできるのはこれしかない」と頑固にテノール声で歌ったんです。「合格」になったとき、いちばん驚いたのは僕自身かもしれません。
個人活動と並行してESCOLTAで歌うことは、僕にとって新鮮な体験でした。最初のころは、自分のオペラ歌手としてのポジションをかたくなに守ろうと力んでいたところもあったんですが、活動をかさねていくうち、そんなことは気にならなくなっていました。 2009年にミュージカル『マルグリット』のオーディションに挑戦しようと思ったのも、ESCOLTAでの活動があったおかげ。
それでも、最初はミュージカルに出演する自分をなかなか想像できなくて、ロンドンの初演を観に行ったんです。この作品のアルマン役は、2オクターヴ以上の声域を持つだけでなく、難易度の高いジャズピアノの弾き語りができないと演じることができないんですが、逆にそのことが僕のやる気をかきたてました。
とにかく『マルグリット』は、僕がそれまで持っていたミュージカル観を覆すくらい完成度の高い作品で、その舞台に立てたのは、とても光栄なことでした。そして、これがきっかけとなって、『ブラッド・ブラザーズ』、『ウーマン・イン・ホワイト』と立て続けにミュージカルに出演するチャンスをいただくわけですから、本当に何が起こるのかわかりません。オペラの舞台に立つ人は、「オペラ歌手」と呼ばれますが、ミュージカルでは「ミュージカル俳優」と呼ばれます。「俳優」と呼ばれることに抵抗感がなかったと言えば嘘になりますが、それはとても素晴らしい体験でした。
クラシック音楽からポップス、そしてミュージカルとさまざまな経験をしたことで、今の僕は歌うこと、演じることに対していろいろな可能性が広がったなと思います。
今回の『Frank&Friends/MITSUKO』も、コンサートであると同時にお芝居でもあるというユニークな公演ですが、自分に表現できることをすべて出し尽くすつもりで臨みたいと思います。
- Frank&Friends/MITSUKO
ホイットニー・ヒューストンへの楽曲提供や、『ジキルとハイド』をはじめ数々の名作ミュージカルを手掛ける作曲家フランク・ワイルドホーンと、日本で彼の作品を演じた名優たちが共演する珠玉のステージ。act1は、第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけての動乱期をヨーロッパで生きた光子・クーデンホフをモデルにしたミュージカル『MITSUKO』コンサートバージョン。光子役を、安蘭けいが務める。act2では、田代万里生をはじめとする実力派がフランク・ワイルドホーンの名曲を歌い上げる。その夢のような舞台を是非、体験しよう!
東京公演 大阪公演 2010年3月11日(木)~3月14日(日) 2010年3月18日(木)~21日(日) オーチャードホール 梅田芸術劇場メインホール
取材・文/ボブ内藤 撮影/松谷祐増(TFK)











