【注目インタビュー 私のターニングポイント Vol.94】後藤 ひろひと『すべての公演は表現したいことがあるからこそ行うべき』(掲載開始日:2010年2月18日)

後藤 ひろひと(ごとう・ひろひと)
1969年2月23日生まれ。山形県山形市出身。87年、大阪で活動するアングラ劇団遊気舎に入団。89~96年の退団まで二代目座長として活躍する。退団後の97年には、川下大洋と「Piper」を結成。その他にも、パルコプロデュースやG2プロデュースなど数多くの舞台で脚本や演出を手がけ、2001年には自身が主宰する「王立劇場」を旗揚げした。この春には、Piper第8回公演『THE LEFT STUFF』が上演される。

ジョン・ベルーシの死が僕の将来を決めた (後藤ひろひと)

小学4年生のときに『スター・ウォーズ』を観て、打ちのめされたことが最初の転機でしょうか。映像のすごさはさることながら、SFなのに「むかしむかし」で始まる物語なんてあり得ないでしょ?

その翌年には、ミニチュアを作ってプラモデルの飛行機を飛ばしたりする8ミリ映画をセッセと作っていました。

コメディにも興味があって、アメリカの『サタデー・ナイト・ライブ』のファンにもなりました。ところが、この番組のスターであり、僕にとっての「神」だったジョン・ベルーシが突然の死を遂げたことに大変なショックを受けまして。「神様でも死ぬことはある。それは、仕方のないことなんだ」と納得するまでにはかなりの時間がかかりましたね。死んだ人に何かを期待してもはじまらない。自分が行動を起こさなきゃいけないんだと結論づけたわけです。

それが中学1年生のとき。コメディアンになるという夢は、その後もずっと持ち続けていて、高校の三者面談では先生と親の前でコメディの仕事をしたいと宣言してました。ところが、コメディアンになる道を山形県の高校の先生が適確にアドバイスしてくれるはずもなく、悶々とした日々を送っていたんです。

そんなある日、ある人に手紙を書きました。イギリスの伝説のコメディ集団「モンティ・パイソン」のテリー・ジョーンズがそのとき、『ラビリンス/魔王の迷宮』という映画の脚本を書いていて、その映画会社に送ったら届くんじゃないかと思ったわけです。手紙には、自分の悩みを素直に書きました。社会運動家のネルソン・マンデラのキーワードである「Wind of change(変化の風)」という言葉を例に出して、自分もそういう風を起こしたいと手紙の最後に書いたときは、それだけで満足していたくらい。だから、その手紙に返事が来たときは、飛び上がるくらい驚いたんです。

僕を決断させたテリー・ジョーンズからの手紙 (後藤ひろひと)

テリー・ジョーンズの自筆の手紙には、こんなことが書かれていました。「君がモンティ・パイソンを褒めてくれたことは、大変に光栄なことだ。しかし、君が目指すべきは、モンティ・パイソンと同じことをやろうとすることではなく、それとは違うことをやろうとすることだ。それが君にとってのWind of changeだ」と。

とても深い意味のあるメッセージで、何度も何度もそのことについて考えました。そのことは、僕の人生の中でもとても大きな出来事でした。東京でなく、大阪の大学に進学先を選んだのは完全にその影響だったし、関西弁抜きで勝負できる演劇の道に進むのは、当然の結果でした。

ただ、遊気舎というアングラ劇団に入団したのには大きな意味はなくて、確か大学の先輩が所属していたからだと思います。20歳の僕は最年少の劇団員で、のびのびと楽しく、演劇にのめりこんでいきました。

ところが、入団して2年後のこと。劇団内で面白いと思うメンバーを引き連れて、新しい劇団を起こそうとしていたことが座長にバレまして、「ほな、お前が座長やれや」と、とんでもない役目を負わされることになってしまいました。

それからは、毎日が無我夢中です。演劇経験の浅い僕にとって、たくさんの経験を積むことが大きな課題でした。だから、他の劇団への客演は積極的に行ったし、多い年には7回くらいも本公演を行いました。僕の「大王」をはじめ、劇団員のキャラクターがお客さんに浸透し、ボケとツッコミのベタな笑いではない僕らの演劇が受け入れられていく土壌は、そんな無我夢中の中で少しずつ確かなものになっていきました。

「プロ」になるステップとして劇団座長の座を降りました (後藤ひろひと)

遊気舎の座長になって7年目に劇団を退団したのは、僕にとって「プロ」になるための必要なステップでした。フリーの作家として、自分の劇団だけでなく、さまざまな劇団に作品を提供していく活動に入ったわけです。

だから、劇団そとばこまちを退団後、僕と同じようにいろんな劇団で活動していた川下大洋と結成した「Piper」は、劇団ではなく、自由なつながりで結ばれた演劇ユニットでした。その後、山内圭哉腹筋善之介竹下宏太郎というメンバーが加わっても、そのコンセプトは変わりません。メンバー5人が全員、劇団という集団活動で得られるメリットとデメリットをよくわかっていますからね。2007年に結成10周年をむかえ、今なお活動を続けられているのはそのおかげでしょう。

公演というのは、表現したいことがあるからこそ行うのであって、劇団という集団を維持するために行うものではないんです。そういう意味では、すべての公演が新しいことへの挑戦であり、同じことは2度とやらないつもり。これまでにも、2つの異なる劇場を同時に使い、観客を行ったり来たり移動させるようなことをやってみたり、舞台の上から客席にカメラを向けて一本の映画が出来上がるような公演をやってみたり、実験的なことにも積極的に取り組んできました。

今回の『THE LEFT STUFF』でも、単なる「よくできた脚本」で人をうならせるだけのことはしませんよ。海の底の閉鎖空間にとじこめられた7人の男女の話なんですが、お客さんの反応次第でストーリーを自在にあやつる、特殊な仕掛けをしようと思っています。ぜひ楽しみにしてください。

後藤 ひろひとさんへQ&A

Q:もし、演劇をしていなかったら?
A:レスラーに、宇宙飛行士に、考古学者に、子供のころからなりたかったものは数知れず。今でも夢は捨てていません。
Q:初めて感動したお芝居は?
A:高校生のときに観た、ラジカルガジベリビンバシステムのお芝居。本気で大笑いして、演劇のフトコロの深さを思い知りました。
Q:最近、ハマってることは?
A:小銭磨きにハマったときは楽しかったですね。最近は、ブログを書くのにハマっています。反響があるとうれしいものですね。

これから演劇を楽しもうと思っている人へ

今までテレビしか観たことがないという人は、面白いことの3分の1しか味わっていないと断言できます。つまり、ライブである舞台というのは、テレビより3倍面白いということ。劇場まで足を運び、入場料を払わないと観ることができないという点でハードルは高いですが、そのハードルを超える価値は必ずあるはずですよ。

これから演劇をしようと思っている人へ

演劇を、自己表現の場などと考えてはいけません。演劇は、お客様を楽しませるためにあるんです。日常生活から離れて、舞台という別世界を堪能したいと劇場に足を運んでくれたお客様に、「これが俺です」なんてものを見せちゃいけないと思うんです。自己表現をしたいのなら、ブログでも書いていればよろしい。このことは僕自身、肝に銘じていることです。

後藤 ひろひとさんの次回公演情報

「THE LEFT STUFF」の画像画像を拡大する
Piper#8『THE LEFT STUFF』

Piperとして8回目となる最新作が、いよいよ上演される。あるプロジェクトのために集められた海底調査員候補たちが、観客と後藤ひろひとの手によって転がされる大実験コメディだ。Piperメンバーに加え、相武紗季岡田義徳川田広樹(ガレッジセール)の3人が加わった面々の奮闘ぶりに期待が集まる!

東京公演 大阪公演
2010年4月10日(土)~25日(日) 2010年4月29日(祝・木)~5月2日(日)
本多劇場 シアター・ドラマシティ
名古屋公演
2010年5月8日(土)・5月9日(日)
名鉄ホール
広島公演
(アステールプラザ芸術劇場シリーズ)
  2010年5月11日(火)
  アステールプラザ 大ホール
仙台公演
2010年5月13日(木)
仙台市民会館 大ホール
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取材・文/ボブ内藤 撮影/松谷祐増(TFK)

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