18歳で上京したのは、お茶の水のデザイン学校に通うためでした。グラフィックデザイナーになりたかったんです。アルバイトしながら、課題に夢中で取り組む毎日は楽しかったなぁ。
ところがですよ、最初の冬休みに姉とふたりで群馬県のスキーツアーに行ったんですが、一発目の滑りでコケて複雑骨折。入退院を3回くり返すほどの重傷で、その後の2年間を棒に振ることになっちゃったんです。今思うと、「お前はデザイナーに向いてないから別の道に行け」っていう神様の導きだったんじゃないかと思うけど、それにしても強引な導きだよね。
とにかく、デザインをもう一度1年生からやりなおす気はもうなくて、写真学科に編入することにしたんです。だけど、1年間勉強しても「これが自分に向いている道だ」とは思えなかった。
そのころの僕は、漠然と自分を表現する手段を探していたと思うんですけど、ファインダー越しに被写体を見ているうち、被写体のほうに興味が移っちゃったんですね。被写体になるにはどうすればいいか...と考えて、「演劇しかない」ってなるんです。
最初に思いついたのが文学座。当時の文学座は、松田優作さんと中村雅俊さんの人気ですごい勢いだったんです。研究生のオーディションはかなりの倍率で、当然のことながら簡単に落ちちゃった。
そんなある日、僕が文学座のオーディションを受けたことを知るバイト先の先輩が「知り合いが中村雅俊さんのコンサートの制作をやるんだけど、スタッフを募集してるよ」と教えてくれて、「やります、やります」って手を挙げたんです。
最初は機材を運んだり、舞台の袖からドライアイスとシャボン玉を飛ばす仕事とかをやってたんだけど、いつの間にか中村雅俊さんの付き人として、撮影現場について行ったりするようになってました。
だけど、中村さんの付き人になれたからといって、それで夢がかなったなんて思ってはいませんでした。実際、中村さんには俳優を目指してることは打ち明けていたけど、コネで文学座に入らせてくださいなんて頼んだことは一度もなくて、「自分で道を探そうと思ってます」って宣言してましたからね。
そこで見つけてきたのが、オンシアター自由劇場。入所費が文学座の5分の1の4万円と格安だったのと、憧れの吉田日出子さんがいる劇団ということで、「ここしかない」と。
だけど、オーディションはさんざんでした。課題の長いセリフを読まされたあとに、即興で芝居をやるんだけど、他の人が「魚をやれ」とか「タコになって歩いてみろ」なんて言われてるのに、僕だけは「何でもいいから大声で怒鳴ってみろ」って言われたんです。たぶん、ビビりまくって小さくなってたんでしょう。それで、ヤケクソで別れたばかりの彼女の名前を叫んで、記念に吉田日出子さんに握手をしてもらって帰ってきたんです。
だから、受かったと聞いたときはビックリですよ。実はそのころの自由劇場は、東京乾電池を旗揚げする柄本(明)さんたちのメンバーがごっそり抜けたあとで、そのおかげなんでしょうね。
でも、入団してからは、役がつくまで時間がかかりました。専門学校でデザインと写真をやっていたから裏方として重宝はされるんですけど、大道具のチーフだった笹野高史さんに尻を叩かれるだけで、いっこうにセリフのある役がまわってこないんです。
それでも入団5年目、『クスコ-愛の叛乱-』という作品で、やっといい役がまわってきた。うれしかったですねぇ。このころは本当に、いいもの食べたいとか、彼女と旅行したいとか、そんなのを置いて、ただひたすらいい役につきたいと、それだけを願っていました。
こうして無我夢中で芝居にのめり込んではいたものの、バイトせずに食っていけるようになったのは、座長の串田(和美)さんがシアターコクーン初代芸術監督になった1989年から。串田さんは、公演の稽古がはじまるたびにバイトをクビになっている劇団員のために、定期的に出演できる場を提供してくれたんですね。本当に偉大な人です。
だから、その7年後の96年に串田さんが芸術監督を辞めて「しばらく放浪したい」と言ったとき、僕らだけで自由劇場を維持し続けるということは考えられませんでした。もちろん、何度も話し合った結果ですけど、劇団を解散しようということになったんです。
でも、そうして劇団という船から降りてみると、今まで本当に大きな船に乗っていたんだなということをしみじみ感じましたし、その一方で、イカダみたいな頼りない船でも、ひとりで好きなところに舵を切って行ける気楽さもありました。19年間、劇団の中で舞台ひとすじでしたから、映像の仕事はとても新鮮で楽しかったんです。
その反動でしょうか、劇団を離れてから舞台に出演するときって、すごく怖いんです。劇団にいたときは、自由劇場という看板の下で演じていればよかったけど、今は小日向文世っていう表札で勝負しなきゃいけないわけでしょ。これ、怖いんだなぁ。
今回、2年ぶりの舞台出演になる『海をゆく者』にしてもそう。吉田鋼太郎さん、浅野和之さん、平田満さんというベテランの舞台人に囲まれて、プレッシャーはつのります。でも、自由劇場で一緒にやっていた大谷(亮介)との20数年ぶりの共演はちょっと楽しみかな。とにかく、精いっぱいやって、「舞台ってやっぱり最高だな」と思えるような公演にしたいですね。
取材・文/ボブ内藤 撮影/石井和広(TFK)











