【注目インタビュー 私のターニングポイント Vol.81】池田 成志『いろいろな場を漂流することでいい出会いに恵まれた』(掲載開始日:2009年10月1日)

池田 成志(いけだ・なるし)
1962年9月27日生まれ。福岡県出身。早稲田大学在学中の82年、演劇研究会のアンサンブルだった第三舞台に参加。84年には安田雅弘山の手事情社を旗揚げする。その後、フリーに転身し、第三舞台、劇団☆新感線つかこうへい脚本演目などを中心に客演を精力的に行う。95年にはNHK連続テレビ小説『春よ、来い』にレギュラー出演し、その芸幅を広げた。演出家としても定評があり、映画、テレビなどでも活躍中。

高校時代に観た『熱海殺人事件』は衝撃的な体験でしたね (池田 成志)

高校時代は映画研究部にいて、演劇部に頼まれてつかこうへいさんの『出発』という公演に出演したりしたこともあって、つかさんが福岡で『熱海殺人事件』の公演をやるというので観に行ったんです。それが僕にとっては衝撃の体験でした。『熱海』本体はもちろん、おまけの予告編がカッコいいんです。舞台に3列のホリゾントライトが並んでいるんだけど、それを風間杜夫さんがピョーン、ピョン、ピョンと飛び越えて登場してくる。『蒲田行進曲』の銀ちゃんでした。ホント面白かったですよ、あの福岡公演。

映画志望の僕はその頃から、演劇ってすぐにでもはじめられるんじゃないか?って思ったんでしょうねえ、だって映画と違って、機材とかいらないじゃないですか。ものすごく小資本で作れるんじゃないか?みたいな。

そのせいか、一浪したあと早稲田に入って、すぐ演劇研究会の芝居を見に行きました。やっていたのは、スズカツ(鈴木勝秀)とかがやっていた暗い構成の芝居でした。『鉛の日本海』ですよ(笑)......でもなぜか入っちゃたんですよねえ(笑)。しかも当時の僕は脚本志望だったんですが、スズカツから劇研はまず、全員役者として参加してもらいます、といわれました。思えばそれが今につながってるんですねえ。

そこからは、授業にも出ず、稽古や公演の準備に追われる毎日。最初に関わったのは、鴻上尚史さん率いる第三舞台の『プラスチックの白夜に踊れば』という公演でしたけど、テントに泊まり込んで作業したり、麻雀したり、酒飲んだり。バイトも赤坂にあったニューラテンクォーターという高級クラブの照明係の仕事を先輩に半ば強制で紹介してもらえたんです。居心地もよかったし、結構続きましたねえ。照明の事も勉強になったし、これも今の素地になってます。

だから大学生なのに、合コンなんて1回もやってないんです。それくらい、演劇にどっぷりつかっていました。っていうか、劇研というサークルにどっぷりつかってましたね。

憧れのつかこうへいさんの公演に参加したときは... (池田 成志)

とはいえ、そのころの第三舞台は日の出の勢いで活動していた時期で、先輩たちは上手な人たちが多く、僕の出番はそれほど多くありませんでした。

そんなある日、1年先輩の安田(雅弘)さんという方に「一緒に劇団を作らないか」と誘われて、「台本を書かせてくれるなら」ってことで、山の手事情社の旗揚げに立ち会うことになるんです。

それからは劇団活動を基本にやってましたが、先輩の死や、いろんな事が重なって、劇研の中で客演などもしてたんです。

そして、第三舞台が初めての紀伊国屋公演なんかに参加してると、漠然とプロの役者いうものが遠いところに見えてくるんですね。そのころには、自分には脚本の才能はないなと見切ってまして、30歳までに役者として食えなきゃ演劇そのものにいったん区切りをつけようと思ってました。

その一方、山の手事情社の中で芝居を続けていると、いつしか後輩というものが増えていって、先輩として彼らの手本にならなきゃならない立場を窮屈に思うようになっていたんです。そこで、思い切ってフリーになったのが28歳くらいのころ。もちろん、それで食えるわけではなく、生活費はバイトで、公演期間はカードの借金でカツカツの暮らしをしていました。公演するたびに貧乏でしたねえ(笑)。

劇団を解散してしばらく演劇界から離れていたつかさんが復帰して、『熱海殺人事件』の公演に声をかけてくれたのが、29歳のとき。

台本と一緒にカセットテープが送られてきたときはプレッシャーがありましたけど、つかさんの「口だて」という演出法は僕にはとてもやりやすかったんです。あこがれの人の舞台に出演できた、そして目一杯、気が違うほどやったということは、幸せな経験だったと思います。役者として、かなりエンジンがでかくなったと思いますね。

いのうえひでのりさんとは高校時代に出会っているんです (池田 成志)

劇団☆新感線いのうえひでのりさんとは、実は高校時代に出会っているんです。高校の演劇部の友達から「近くの男子校のOBの演劇部がすごく面白いらしい」という評判を聞いて、観にいったんです。その芝居に主演していたのがいのうえさん。これが評判通りの名演で、次の日からは彼のマネをしてました。その事が初めて新感線に客演した『ヒデマロ5』の時に判明したんですね。いやあびっくりしましたよ。それから、ずいぶん可愛がってもらってます。

新感線に客演するきっかけになったのが古田新太との出会い。古田はサードステージの芝居、木野花演出の『大恋愛』で初めて共演して、これも気が合ったんでしょうね、よく遊んだし飲みました。これが、『VAMP SHOW』に繋がって、今の『ねずみの三銃士』に繋がるんです。

そして、古田経由で一緒にできる事になった生瀬(勝久)さん。ほんとに面白い人ですよ。役者としては天才だと思いますね。不思議な事に、2004年の『鈍獣』が初めてでした。でも今は、これまで仕事したことがなかったのが嘘みたいに楽しませてもらってます。

そんなわけで今回の『印獣』は、さらに進化した『ねずみの三銃士』をお見せできると思いますが、僕ら三人はそれぞれ、素直なほうではありませんからねえ、どんなことになるやらです(笑)。

しかも、お迎えするのが謎の大女優に扮する、大女優の三田佳子さんです。もう稽古する前から、どうにかなりそうですよ(笑)。

宮藤官九郎の本、河原雅彦の演出、共演する岡田義徳上地春奈、とにかく、まともな人が見当たらない(笑)。ほんとに大変なことになりそうです。

こうしてふり返ってみると、僕は出会った人との巡り合わせが本当によかったなと感じますね。相手のフトコロに入り込んで、その場の空気を楽しみながら漂流していくのが僕の性格に向いているんでしょう。その一方、ひとつの劇団の中で腰を据えて活動するようなスタイルはぜんぜん向いてない。だから、これからも漂流派として生きていくしかないでしょうね。

池田 成志さんへQ&A

Q:最近、ハマってることは?
A:自転車。ママチャリなんですけど、15キロ、20キロは平気で走ります。電車に乗る機会がめっきり減りました。
Q:最近の悩みごとは?
A:悩みごとは、忘れちゃうんですよ。だから、物事に真剣に取り組めと叱られることも多く、強いていえばそれが悩み。
Q:もし俳優になっていなかったら?
A:雑誌の編集者か、ライターになりたかったことがありますね。脚本家にもあこがれたけど、それはあきらめました。

これから演劇を楽しもうと思っている人へ

これは僕の持論なんですが、役者というのはノリやすい性格の人が多いと思う。だから、お客さんの反応がいいときは、ノリがすごくよくなるんですね。だからお客さんも、役者が思わずノセられるくらいリラックスして楽しくみたらどうでしょうか? 僕の場合、見に行くと、リラックスしすぎて、この人たち俺だけのためにやってくれないかあと思うほどです。とにかくワガママに観ていいと思いますよ。他人の反応など関係なく。もちろんマナーは守ってね。

これから演劇をしようと思っている人へ

とにかく、演劇をどこまで好きでいられるかということなんでしょうけど、僕はそれほど重要なことじゃないと思うんです。むしろ、演劇が好きというより、人間が好きという気持ちのほうが大切のような気がしますね。実際、出会いによって助けられることはよくあることだし、とどのつまり、人間を表現するのが演劇ですからね。

池田 成志さんの次回公演情報

「印獣」の画像画像を拡大する
パルコ・プロデュース公演
"ねずみの三銃士"第2回企画公演
「印獣」

今、一番やりたい芝居を、自分たちの企画で上演したい!との思いを込めて集まった「ねずみの三銃士」こと生瀬勝久池田成志古田新太。第1回公演『鈍獣』から5年ぶりに再集結し、大女優、三田佳子に挑む。脚本は、前作で岸田戯曲賞を受賞した宮藤官九郎河原雅彦が演出に望む。共演に岡田義徳、若手お笑いトリオキャラメルクラッチのひとり上地春奈を迎えて異種格闘技的な演技バトルを繰り広げる。これは見逃せないぞ!

東京公演 札幌公演
2009年10月13日(火)~11月8日(日) 2009年11月13日(金)~15日(日)
パルコ劇場 札幌市教育文化会館
大阪公演 名古屋公演
2009年11月18日(水)~23日(月・祝) 2009年11月27日(金)~29日(日)
シアター・ドラマシティ 名鉄ホール
新潟公演 福岡公演
2009年12月3日(木)~5日(土) 2009年12月11日(金)~13日(日)
新潟市民芸術文化会館(りゅーとぴあ) 嘉穂劇場
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取材・文/ボブ内藤 撮影/松谷祐増(TFK)

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