「役者になりたい」と思ったのは高校生のときで、美術部に絵がすごくうまい同級生がふたりいて、これはかなわないなと漫画家になる夢をあきらめた後のことでした。文化祭のときに、寸劇をやったり、カラオケ大会の司会をやったときは楽しかったなぁって、その楽しい毎日がずっと続くなんて、面白そうじゃないかって。とはいえ、進学校だったので、友達に「お前、そんな人生を棒にするような決断をして、怖くないのか」なんて問い詰められました。だけどそのとき、不思議と怖さを感じなかったんですよね。
というわけで、大阪芸術大学に進学したときには、しっかり演劇を学ぼうと思っていました。ところが、最初の授業で「俳優には体力が大切だ」ということで、クラスのみんなで山登りに行ったんですが、当時、ヒョロヒョロの虚弱体質だった僕は、頂上まで行きつけなかったんです。先生に背中をさすられながら、「役者じゃなくても、スタッフになる道もあるからな」なんて慰められたときはショックでしたね。1年生のときには、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』を1年間かけて上演するという実習があったんですが、案の定、僕には端役しか回ってきませんでした。
そんなある日、物語の鍵を握るロレンス修道僧という役をやっていた片山君という同級生が、夏休みを過ぎたあとに学校を辞めてしまったんです。それで「仕方なく」という感じで僕にその役がまわってきた。3日ですべてのセリフを覚えて、評価してもらったときは、何かが僕の中で大きく変化したように感じましたね。実力のなさを思い知って、その直後に身に余るチャンスをもらい、それをものにしたことで、「ここが僕の居場所なんだ」と思えたんです。
僕にチャンスをくれた、片山君。今は何をしているのかな。今、すごく彼に会いたいです。
その後、劇団☆新感線で僕がやっていたことのすべては、大学の2年先輩のいのうえ(ひでのり)さんの言うがままで、自分から何かを考えたことはほとんどありませんでした。大学を卒業して上京したのも、「プロになりたいなら東京に行け」と言われたからだったし、同期の筧利夫と第三舞台のオーディションを受けに行ったのも、「面白い劇団があるから受けてみろ」という言葉に従ったからでした。
ところが、最終選考の3人まで残ったものの、合格したのは筧だけで、僕はちょうどそのころ、劇団員がごっそり抜けたという話を聞いて状況劇場の門を叩いたわけです。
語弊があるかもしれないけど、当時の僕は修業を積んでイッパシの役者になりたいと思っていましたから、東京の劇団ならどこでもよかった。それでも、入ってすぐに旅巡業の一員に選ばれ、1年目から舞台にあげさせてもらったのはすごくラッキーな経験でした。
それでも、僕が状況劇場にいた3年間というのは、劇団が解散する最後の3年間であり、集団のつながりが壊れていくのを目にするのは、ある意味、つらい体験でもありました。気がついてみれば、人間関係のしがらみにがんじがらめになっていて、舞台で役を演じるということを楽しめなくなっている自分がいたんです。
それで、唐さんが新たに唐組という劇団を立ち上げたときも、それに加わる気にはなれず、半年くらい、アルバイトで生活しながら演劇とまったく離れた生活をしていました。
劇団☆新感線が関西で力をつけて東京で活躍するようになるのはそんな時期で、さすがに複雑な気持ちがありましたね。大阪で上演される『仮名絵本西遊記』という作品に出してもらうことになって、1カ月、稽古場で寝泊まりしながら加わったりしたこともあるんだけど、劇団に戻るという気持ちにはなれませんでした。
そんな僕が、再び演劇の世界に戻るきっかけになったのが1989年、夢の遊眠社の野田(秀樹)さんが初めて手がけるというプロデュース公演『野田版・国性爺合戦』(セゾン劇場)。
この公演に携わっていた大阪時代の僕の友人が、「とにかく豪華キャストで、大規模な芝居だから」という話をしてくれ、「劇団☆新感線に出たときのお前のビデオ、ないか」と言って、それを野田さんに見せてくれたんです。
それが、野田さんの舞台に初めて出演することになり、「誰だこいつは」という存在だった僕がさまざまな外部公演に呼ばれ、バイトをしなくても暮らしていけるようになるきっかけになるわけです。
野田さんとはその後も、『野田秀樹のから騒ぎ』(日生劇場)、『キル』(NODA・MAP第1回公演)、『虎』(日生劇場)、『TABOO』(NODA・MAP第3回公演)といった作品に起用していただくんですが、当時の僕は、野田さんがどういう人なのかもわからず、自分が目立てばいいという勢いで突っ走っていました。で、野田さんのほうでもそれを面白がってくれたんですね。「お前、普通に演ろうとするなよ。普通にやったらお前よりうまい役者はいっぱいいるんだよ。俺がなんでお前を呼んだか、わかるよな」なんて。
それをいいことに、勝手にセリフを替えたり、オーバーアクションで演じてみたり、やりたい放題。お芝居って、楽しんでやっていいんだということを僕に思い出させてくれたのが野田さんだったんです。
それだけに、今回の『ザ・ダイバー』で、13年ぶりにまた野田さんと組めるというのは、大きな楽しみ。当然、普通に演じようとするのではなくて、何か仕掛けを用意しているって言いたいところですが、今回は、じっくり演ってみるつもり。どうなるかは、観てのお楽しみです。
取材・文/ボブ内藤 撮影/松谷祐増(TFK)











