- 夏木 マリ(なつき・まり)
- 東京都出身。73年、『絹の靴下』でデビュー。80年代以降はプレイヤーとして演劇や映画などに活動の場を広げ、芸術選奨文部大臣新人賞、紀伊國屋演劇個人賞など受賞。93年より企画から構成、演出を手がける『印象派』をスタート。2006年からはバンド『GIBIER du MARI』のヴォーカリストとして活動している。近著に『泣きっ面にマリ』(講談社)、AERA(朝日新聞社)でコラムを好評連載中。
最初は歌手としてデビューし、その後、誘われるままに演劇の世界と出会ったのですが、「そうなりたかったから」ではなく、「流されるまま」に演ってきました。
たぶんそれが要因なんですが、ある日突然、演じることが混沌としてきました。演劇に関しては、きちんと基礎を積んだわけではなく、その時々で演出家や監督の言うことに応えてきた結果、自分の方向性を見失いそうでした。
それが、1993年に『印象派』をはじめる前の私の状況。
そんなわけで、今から思えば、なんと無謀なことだったろうと思うんですが、『印象派』のスタートは、唄うこと、踊ること、そして演劇的な作品を創ることからはじまりました。
もちろん、落ち込むこともありましたけど、逆に言えば、自分に足りないものを知ることができて、収穫でした。それと同時に、夢もふくらみ、自分の気持ちがきれいに整理されていくのがよくわかります。
とにかく『印象派』を通じて、私はいろんな面で鍛えられました。
1998年にフランスのアビニョン演劇祭と、イギリスのエジンバラ演劇祭に参加したときは、驚くほどの体験です。
楽屋のないような場所で、10分で舞台を仕込んでパフォーマンスして、10分で撤去。そんな状況にも柔軟に対応できる自分を発見したときは、ちょっとうれしかった。
『印象派』は、まだ「仕事」とは呼べず、本気で演る自分探しなんですね。1993年からどんなつらい状況にあってもその即興性を楽しむことができました。
2008年には10作品できました。
そもそも『印象派』は、マネやモネ、ルノアールたちによる19世紀後半の絵画のムーブメントからタイトルをつけましたが、彼らが行ったサロンは8回だったそうで、「私もそれくらい続けたい」という気持ちがありました。それで、8回目の公演は「最終章」ということで、気持ちに区切りをつけるつもりでしたが、このメカニズムの追求は終わることがないように思えます。
そこで、今回から『印象派NÉO』となって、仲間と一緒に始動することになりました。
とはいえ、ひとりで試行錯誤してきた今までの『印象派』と比べて、MNT(マリ・ナツキ・テロワール)というチームを得たことは、大きなターニングポイントと言えるでしょう。
これは、公演を重ねることで、私が歌と演劇以上に踊りに興味を持つようになったのがきっかけで。8回目の公演から、さまざまなジャンルの人たちに集まってもらってオーディションをはじめました。キャスティングは、ワークショップを経て、決まっていきます。
ワークショップではまず、体を動かします。そしてたっぷり時間をかけて話をし、感情を解放するところから始めます。
テロワールとは、ワインの「土壌」の意味で、いろいろなバックグラウンドをもったプレイヤーたちが、異なるボキャブラリーをぶつけることで、熟成されたワインのような作品に向かえればと思っています。
それから、「赤ずきん」の物語をテーマにしたところも、これまでの『印象派』とは違う点です。「赤ずきん」を通じて、たとえば「若さと老い」、「善と悪」、「男と女」などなど、多種多様なものが表現できるように思い、稽古しています。
- 「夏木マリ・印象派NÉO~わたしたちの赤ずきん~」
1993年から始まった夏木マリのシアターワーク『印象派』が、16年目にして進化を遂げる!オーディションとワークショップを経て選ばれたプレイヤーたちと織りなす新境地に注目せよ! 『赤ずきん』というストーリーを得たことで、その表現は無限な広がりを見せるに違いない。
東京公演 愛知公演 2009年4月2日(木)~4月5日(日) 2009年4月10日(金) 世田谷パブリックシアター 春日井市民会館
取材・文/ボブ内藤(方南ぐみ) 撮影/石井和広(TFK)











