小学校のころから活発な子で、学芸会があるたび手を挙げるような子だったんですね。そんなある日、テレビで『ウエストサイドストーリー』を見て、「なんだこれは!」とショックを受けたのがミュージカルとの最初の出会い。その後、地元のアマチュアミュージカル劇団の公演を見にいって、生の舞台に大感動しまして、「この劇団に入りたい」と一歩を踏み出したわけです。小学6年生のころでした。
オーディションはがちがちに緊張して「もう帰りたい」なんて弱気でしたが、無事、その劇団に入れてもらうことができ、初舞台でお客さんの拍手を浴びたとき、客席から舞台を見る以上の感動があったんです。それこそ全身に鳥肌が立つくらいの。それからはもう、この道ひと筋。いい出会いだったと思います。
そのころ、テレビで大地真央さんのショーを見て、これまた大感動。たちまちファンになりました。だから、17歳で宝塚音楽学校に入学するのは、私にとっては自然な流れでした。もちろん、宝塚に入りたいと思う以前に、大劇場に観に行って大地さんと同じ空気を吸っているだけで幸せというただのファンでしたので、まさか、自分が宝塚歌劇団へ入団出来るなんて思いませんでしたし、夢のまた夢。実際、まわりには小さいときから特別な訓練や勉強をしてきた人がたくさんいましたし。
だから、19歳になった時点で、宝塚歌劇団に首席で入団できたというのは嬉しいのと同時にまさかの驚きでしたし、さらに『ベルサイユのばら』で宝塚の初舞台を踏んだとき、エトワール(フィナーレのパレードでの初めの部分を受け持つ歌手)に大抜擢されたときは、自分でも信じられないくらいでした。
初舞台でエトワールをつとめるというのは、宝塚歌劇団の歴史の中でも異例なことなんですね。今振り返ってみると、そのころは怖いもの知らずで、本来ならプレッシャーに押しつぶされてもおかしくないような場面でも念願の舞台に立てるのがうれしくて、のびのびと楽しんで自分を表現できたのがよかったのかもしれません。
入団して4年後、NHKの連続テレビ小説『ぴあの』のヒロインに選ばれたときもそうでした。現役のタカラジェンヌがテレビにレギュラー出演するというのも極めて異例なことで、1年間、公演を休ませていただいて、撮影に参加することになったんです。さらに途中からは、ドラマの主題歌を歌わせてもらうことになるんですが、これも連続テレビ小説では初めてのことだったそうで。本当に怖いもの知らずのパワーってすごいですね(笑)。
だけど、1年のブランクを経て宝塚に復帰して舞台に立つようになってからは、本当の怖さを思い知りました。
トップの娘役に選ばれたということもあり、舞台の上でトップとしての役割を果たすことの大変さ、プレッシャーが肩にのしかかってきたんです。それまで、舞台に立つことが楽しくて楽しくて仕方がないくらいだったんですが、やるべきことをこなすのに精いっぱいでぜんぜん楽しめない。そういう状態がしばらく続きました。
そんなとき、ブロードウェイのミュージカル『ハウ・トゥー・サクシード』を宝塚で上演することになり、それに出演することになるんです。ミュージカルの舞台にあこがれてこの世界にやってきた私にとって、初心を思い出させてくれる重要な作品でした。だから、この公演に全力を尽くして、自分なりに達成感を感じることができたとき、私は宝塚を退団することを決意していました。
その後、いろいろな経験をしてきましたが、ひとつだけはっきり言えるのは、私がこうして舞台に立てるのは、宝塚という場で鍛えられ、育てていただいたからだということ。そのありがたみを、外に出ていろいろな場面で感じています。
というのも、気心知れた仲間がまわりにいた劇団時代と違って、今は公演ごと、すべてが初めての出会いからはじまります。もちろん、本番の前には1ヵ月近くの長い稽古期間があるわけですけど、舞台の幕が開く直前まで、どんな作品になるのかはまったく読めないし、「こんな風になるのかな」と想像はできても、その通りにはいかないんです。
今回の『令嬢と召使』にしてもそれは同じこと。実は、お姫様の役を演じるというのは宝塚時代に経験済みとよく言われますが、それほど経験がないんですよ。2人芝居というシチュエーションもかなりハードルが高い。初顔合わせの貴水博之さんと、どれだけいいコンビネーションが組めるか、今からドキドキ。怖いですね。
でも、今はその怖さも楽しみだと思っています。今までいろいろな変化がありましたけど、小学生で人生最初の舞台を踏んだときのあの感動は、少しも変わらず私の心の中にあるんですね。
取材・文/ボブ内藤(方南ぐみ) 撮影/石井和広(TFK)











