- 蜷川 幸雄(にながわ・ゆきお)
- 1935年、埼玉県川口市生まれ。69年、劇団現代人劇場の『真情あふるる軽薄さ』で演出家デビュー。以降立て続けに話題作ヒット作を生み出す。海外でも評価が高く、「世界のニナガワ」として広く知られる。84年から若手の道場ともいえる「ニナガワ・スタジオ」を続けているほか、2006年からは高齢者劇団「さいたまゴールド・シアター」も主宰、フェスティバル/トーキョー09春にて『95kgと97kgのあいだ』を上演する。
一時は画家を目指して芸大の油絵科に入ろうなんて思ってた僕が演劇の世界に身を転じたのは、単に受験に失敗したからってだけではなくてね。悶々と荒れ狂った心のうちを表現するには、キャンバスの上に絵の具を叩きつけるだけではもの足りないだろうってことは、最初からうすうす気づいてたんです。その一方、演劇には高校生のころから文学座などの新劇の芝居で親しんでいたし、ちょうどそのころ、山本安英さんの『蛙昇天』(ぶどうの会)を観て、客席を走り抜けたりする場面に新鮮さを感じたりして、身体的パフォーマンスのほうが自分の生理に合っていると思ったんです。
劇団「青俳」に入団したのはそういうわけ。ところが、俳優になったところでイライラは収まらない。理由は簡単で、当時の「青俳」には決まった演出家がいなくて、俳優を育てるシステムがキチンと働いていなかった。ならば、俺がやってやろうと名乗りをあげたんだけど、当然のことながら、実績のまったくない人間に演出などまかせられるはずがないわけですよ。
かといって、そのまま劇団に居続けても得るものはない。そこで、退団することにしたんですが、そのとき一緒に劇団を出た蟹江敬三や石橋蓮司や真山知子(後の蜷川夫人)らと現代人劇場という集団を結成したのがきっかけになって、本当に演出家になることになっちゃった。1970年代がはじまろうとするころで、30代なかばになっていました。
演出家としてたずさわった最初の作品は、『真情あふるる軽薄さ』。
新宿文化劇場という映画館のせまい舞台しか使えなかったから、かわりに機動隊の格好をした100名ほどの役者たちで観客を取り囲んだんです。マイナスの要素を逆手にとって、プラスに転じようとしたわけですね。おかげで、劇場の中でデモが起こるほどの騒ぎが起こったりして話題になりました。
戯曲は、当時からすでに名のある存在だった清水邦夫で、上演前からたくさんの取材が殺到していました。ところが、その騒ぎが広まってくると、無名の演出家の僕のところにも話を聞きにくる人が増えていった。映画館の上映が終わったあと、舞台装置を運び込むため路上で待機している僕のまわりに、たくさんの人が集まってきたんです。その光景はある意味、僕にとっての原風景ですね。
そのとき何を思ったかというと、いい劇評を書いてもらうために批評家に頭を下げたり、演劇人と社交したりする必要はないんだってこと。演出家がやるべきことはただひとつ、いい作品をつくろうと努力することなんだということがわかったんだね。
その考えは、今でも変わっていません。
1974年に日生劇場の『ロミオとジュリエット』の演出を手がけたのをきっかけに、商業演劇の世界に入ってからもそう。それまで一緒にやってきたアンダーグラウンドの世界の人間から、「蜷川は転向した」とか「裏切り者」とか言われたけど、僕自身は何ひとつ変わってはいないと思ってました。
むしろ変わったのはまわりの状況で、仲間に仕事を頼んでも、みんなに断られるようになりました。でも、それまでの関係をリセットしたおかげで商業演劇だけでなく、映画やテレビ、ショーなどの演出も手がけてきたし、いいスタッフ、いい俳優との新しい出会いにつながるわけだから、何ごとも「ものは考えよう」だよね。
それでも、仕事というものはすべてが思い通りになるものではありません。気力体力がみなぎっていたころと比べて、70歳を過ぎた今のほうが忙しいという事実が何よりの証拠です。それでも老体にムチ打ちながら年間10本を超える公演を手がけているのは、生きてるうちにやりたいことをやり尽くしておきたいと思ってるから。要するに、つねに考え、つねに動いていないと、頭も体もボケてしまう年齢になったってことですよ。
ちなみに、2006年にはじめた「さいたまゴールド・シアター」は、55歳以上の高年齢者による劇団です。職業的訓練を受けていないだけでなく、頑固で狷介で、こちらの言うことを聞かない俳優たちに演技をつけるだけでも大変なのに、本番では何が起こるかわからない。病気で公演に来られない可能性のある俳優も大勢いるし、途中でセリフを忘れて、僕がお客さんに謝らなきゃいけない場面もあるかもしれない。そういう意味では、とてつもない労力のかかる劇団なんですが、僕がこれまでやってきた、すべての芝居を完璧に組み立てようとする作業を不可能にすることで、過去の仕事を僕自身で批評する試みでもあるんです。その試みの中で、新しい演劇観が生まれてくればいいなと思って情熱を傾けています。
『95kgと97kgのあいだ』(脚本・清水邦夫)は、その「さいたまゴールド・シアター」と、若手の俳優たちによる「ニナガワ・スタジオ」が一緒になってつくりだす芝居で、これを今回の「フェスティバル/トーキョー09春」で上演することが一番の楽しみでもあります。
僕がこうしたフェスティバルに望むのは、世界という混沌をあらわにするような祭典であるべきだということ。欧米的な知的洗練さなんて糞食らえですよ。
とにかく僕は、枯れた老人になるつもりはさらさらない。最期の最期まで世の中にノイズをまき散らす存在でいたいですね。
- 「フェスティバル/トーキョー09春」
東京・池袋を舞台に、日本・アジアを代表する、かつてない大規模な演劇の祭典が行われる。参加するのは、天児牛大率いる「山海塾」をはじめ、韓国現代演劇界を代表するカリスマ演出家イ・ユンテクなど世界で高い評価を得ているアーティストらで、新作・世界初演を含む舞台芸術(演劇・ダンス)作品約20演目が上演される。中でも「世界のニナガワ」こと蜷川幸雄の『95kgと97kgのあいだ』は、注目すべきプログラムだ。二度と味わえない「蜷川体験」に酔え!
2009年2月26日(木)~3月29日(日) 東京芸術劇場、あうるすぽっと、にしすがも創造舎ほか
取材・文/ボブ内藤(方南ぐみ) 撮影/石井和広(TFK)











