人生最大の転機といえば小学4年生のとき、劇団四季の『キャッツ』の福岡公演を家族みんなで観に行ったことに尽きるでしょう。舞台装置の面白さから、俳優さんたちの歌や踊り、演技に感動し、最後の「メモリー」を聞いたときには涙が出そうになっていました。
この体験を恋愛にたとえるなら、運命の女性と出会ったのと同じようなものと言えるかもしれません。とにかく、その日を境にミュージカル俳優になりたい、『キャッツ』の舞台に立てるような人になりたい、そう思うようになっていました。
まずは、月刊ミュージカルという雑誌を毎月購読して、ボロボロになるまで熟読したり、『ウエストサイドストーリー』や『コーラスライン』といった映画を繰り返し観て、ミュージカルというものの知識を吸収することから第一歩をはじめました。
中学生になってからは、ジャズダンスのスタジオに通ったり、声楽の先生の指導を受けたりして、いよいよ実践的になっていきました。
東京芸術大学の声楽科に進んだのも、音大の頂点といえる学校で学ぶことが、ミュージカル俳優になるために役にたつと思ったから。ただ、はっきり言って、僕の存在はかなり浮いていたと思いますよ。それも当然で、まわりはクラシックのオペラ歌手を目指す人たちばかりでしたからね。
でも、小学4年生から10年間、願い続けたデビューのきっかけは意外なことに、この学校に通っていたからこそ、やってきたとも言えるんです。2年生のとき、宝塚歌劇団の演出家の小池修一郎さんの特別授業を受けたんですよ。
その授業で、小池さんが生徒に「将来、どのような活動をしたいか」と質問をしたんです。発言の順番がまわってきたとき、僕は待ってましたとばかりに「ミュージカル俳優になりたい」と答えました。すると、小池さんが僕にこうおっしゃったんです。
「宝塚歌劇団で上演した『エリザベート』を、帝国劇場で舞台化することになっているんだけど、ヒロインの息子の皇太子ルドルフの役がまだ決まっていないんだ。オーディションを受けてみる気はないか?」と。
それで、運試しのつもりで受けたそのオーディションをきっかけに、すべてがトントン拍子で進んでいったんです。
でも、それはゴールではなく、憧れの舞台に立ち続けるにふさわしい存在になるため、無我夢中で走り続ける毎日の始まりでもありました。ミュージカルというのは、歌をうたうことはもちろん、ダンスもできなければならないし、同時にお芝居においては演技力も問われます。それらすべてを完璧にこなせる俳優になるというのは正直なところ、かなり難しいことで、日々の努力が欠かせません。
それでも途中であきらめずにここまでやってこれたのは、やはりミュージカルが好きだったからだと思っています。だから、人生の早い時期に、それだけ好きになれるものと出会えたことは、僕にとって、とてもラッキーなことだったと思います。
家族が僕のことを応援してくれ、協力してくれたこともありがたかったですね。母が先日、こんなことを言ったんです。「あなたがミュージカル俳優になるという目標を持ってからは、子育てがとても楽だったよ」と。
『エリザベート』の3カ月間の公演が成功に終わり、ルドルフ役を演じた僕は、「ミュージカル界のプリンス」と呼んでいただけるようになり、その後もいい役をいただけるようになっていきました。
ですが、あまりに物事がうまく運んでいく反面、数々の出会いの中で、自分の実力のなさに愕然とすることもありました。
例えば、蜷川幸雄さん演出の『ハムレット』に起用され、歌や踊りなしのストレートプレイに初めて挑戦したときは、まさにそういう出会いのひとつでした。「お前の演技にはミルクの匂いがする」と蜷川さんに言われたときは、ミュージカル俳優を一途に目指してきた僕の弱点を言い当てられたような気がしました。とにかく強烈な「蜷川体験」でしたね。
今回の『届かなかったラヴレター』で共演するクミコさんとの出会いは、『わが麗しき恋物語』という曲に感動して、ファンとしてコンサートに通うようになったのがきっかけ。その後、思いがけずコンサートで一緒に歌う機会をいただくようになったんですが、僕にとっては「クミコさんのように歌えたらいいな」という憧れの人なので、同じ舞台に立つたびに緊張するんです。それでも今回、クミコさんとふたりで舞台をつくるというチャンスをいただいたときには、緊張する以上に、この舞台をきっかけに僕が学ぶことは大きいだろうなというワクワク感のほうが大きいんです。
そんな出会いのひとつひとつを、これからも大事にしていきたいですね。
取材・文/ボブ内藤(方南ぐみ) 撮影/石井和広(TFK) ヘアメイク/川端富生 スタイリスト/樋口惠理子











