【注目インタビュー 私のターニングポイント Vol.43】大澄 賢也『劇団という船と船との間を渡り歩く旅人 それが僕のスタイル』(掲載開始日:2009年1月8日)

大澄 賢也(おおすみ・けんや)
1965年10月26日生まれ、浜松市出身。10代後半からダンサーとして活躍。2000年以降はミュージカル公演にも積極的に進出している。『Fosse』(2002年)、『SATURDAY NIGHT FEVER THE MUSICAL』(2003年)、『グランドホテル』(2006年)、『タイタニック』(2007年)、『CHICAGO』(2008年)など、本場で大ヒットした作品の日本公演では、数少ない日本人の実力派として信頼されている。
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映画『サタデー・ナイト・フィーバー』を観て、人生が変わりました (大澄 賢也)

高校2年生のとき、地元の静岡県浜松市の映画館でリバイバル上映された『サタデー・ナイト・フィーバー』を観たんです。今思えばそれが、僕の人生を決定づけた瞬間でした。画面を見ている最中に体が熱くなって、ただ感動したというだけでなく、「すぐにでも踊りたい」と思っていました。

それからの行動は早かったです。ちょうどそのころ、家の近所にジャズダンス教室が開校していて、迷わずそれに申し込んだんです。その教室はガラス張りで外から丸見えで、しかも他の生徒さんは会社帰りのOLさんや主婦の方たちがほとんどでしたから、多感な高校生としては、そんな方々とレオタードを着て一緒に踊るのに抵抗がなかった、といえば嘘になります。だけど、そんな気持ちを吹き飛ばすほどダンスに夢中になっていたんですね。「僕、プロのダンサーになりたいんです」と、そのころから先生に宣言して、いろいろ相談にのっていただいたりもしていました。

ただ、口で言うほど簡単でないのがこの世界です。実際、高校を卒業して上京したころは、牛丼屋さんやホテルの配膳係などのアルバイトをしながら、たまにテレビの歌番組のバックダンサーの仕事をさせてもらったりという日々が続きました。それでも、途中で辞めようと思ったことは、幸いなことに一度もないんですよ。ダンスとの出会いは僕にとって、幸せな出会いでした。

だからこそ、ダンスを始めて21年がたった2003年の8月、『SATURDAY NIGHT FEVER THE MUSICAL』の日本公演でジョン・トラボルタが演じたトニー・マネロ役に抜擢され、新宿コマ劇場で1ヵ月近くもその公演に携わることができたことには、特別な思いがありました。

17歳のとき、あの映画を観ていなければ今の自分はなかったことは間違いなく、そのことを考えると本当に運命的なものを感じますね。

ダンサーとしてデビューしたことにつねに真摯でありたい (大澄 賢也)

僕はダンサーとしてキャリアを始めたことについて、つねに真摯であらねばならないと思っているんです。近年、ミュージカルの公演に出演するチャンスをいただき、踊りだけでなく、歌やお芝居をする機会が多くなるにつれ、その思いは強くなっています。

ダンサーは、どんなに出番が少なくても、誰よりも先に劇場に入り、ウォーミングアップをしてからでないと100%の力を発揮できません。そういう習慣があったからこそ、歌って踊って、普通なら息があがってしまうような場面でも、力を発揮できた。つまり、ダンサーとして訓練を積んできたことで、計り知れない恩恵をいただいているんですね。

ちなみに、18歳のときに僕のことを指導してくれたバレエの先生には、いまだにレッスンしていただいていまして、公演の稽古がない日でも定期的に通っているんです。でもそれは、僕にとって特別なことではなくて、やりたい役があればいつでもオーディションに名乗りを上げて役を勝ち取るためには必要なことなんです。チャンスは、いつやってくるかわかりませんからね。

僕が尊敬する振付師で映画監督のボブ・フォッシーの自伝的ミュージカル『Fosse』に出演するチャンスをいただいたのも、突然の出来事でした。NHKでこの舞台を紹介するプロモーション番組でブロードウェイの出演者の方と共演することになり、「今度、日本公演があるから一緒にやってみない?」と誘われたんです。迷わず、ロンドンで公演中のカンパニーのもとを訪ねました。

日本人は僕ひとり。大勢の人の前で「踊れ」と言われときは緊張しましたけど、それまで多くのオーディションを受けてきましたから萎縮せずに踊れました。ピアノ伴奏で一曲踊り終えたとき、みんなが総立ちで拍手で迎えてくれたときは本当にうれしかったですね。

本場で上演されたそのものを日本に。そんな気迫が伝わってくるグレンの演出 (大澄 賢也)

2002年の『Fosse』の日本公演で、唯一の日本人オリジナルキャストに選ばれたことは僕にとって、大きな自信につながりました。

その翌年、『SATURDAY NIGHT FEVER THE MUSICAL』の主役に抜擢されたことは前に述べた通りですが、その後もミュージカル『グランドホテル』や『タイタニック』など、たくさんのビッグチャンスをいただいてきました。

いずれも本場公演で演出を手がけたグレン・ウォルフォードさんの作品ですけど、この公演に参加させてもらったことは僕にとって大きな財産になりました。とにかくその演出は厳密で、緻密で、日本人がやっているからといって妥協はしません。本場で上演している舞台のクオリティをそのまま日本に持ってこようという気迫がびしびし伝わってくるんですね。僕は、それほど英語が得意ではないけれど、それでもグレンの言いたいこと、やりたいことはすごくよくわかるんですよ。だから今回の再演で、また声をかけていただいたことはとてもうれしかったですね。

それから、2008年10月に舞台を踏んだ『CHICAGO』では、振付助手として、出演者のダンス指導をしたことも僕にとっては大きな経験でした。

僕は今、43歳ですけど、ショービジネスの世界には「40歳にして新人」という言葉があるんです。20代、30代でいろいろな経験をして、それが花開いてくるのが40代なんだと。だから今の僕は、やっとスタートを切ったに過ぎないんですね。

40歳にして新人。この言葉を忘れず、これからも頑張っていきたいと思います。

大澄 賢也さんへQ&A

Q:最近、ハマってることは?
A:2008年の後半は、ずっと『CHICAGO』のことばかり考えていました。そのおかげで、とてもいい経験を積めました。
Q:もし、ダンサーになっていなかったら?
A:強いていえば、サッカー選手。地元の静岡県は、サッカーが盛んな土地でしたから。
Q:初めて感動したお芝居は?
A:題名など定かではないんですが、18歳のころ演劇鑑賞で観たお芝居。そのライブ感にビビッときました。

これから演劇を楽しもうと思っている人へ

演劇は、生身の人間が目の前で踊り、歌い、お芝居をするということが何よりの醍醐味です。どうか、その熱を感じ取ってください。出演者の動きだけでなく、セットを動かすスタッフのタイミングも微妙に変わったりするところが舞台の面白いところで、面白い舞台に巡り会ったときには、二度三度と観てみると、その面白さがより深くなると思いますよ。

これから演劇をしようと思っている人へ

この世界で生き続けるということは、精神的にも経済的にも辛いことだと思います。だけど、自分を表現することの充実感は、他ではなかなか味わえないものです。僕自身、その充実感をバネにここまでやってきました。だから、できることなら、なるべく早い時期にその充実感と出会ってほしいですね。そこまであきらめずに頑張ることができれば、それまでやってきたことをきっと誇りに思えるはず。どうか頑張ってください。

大澄 賢也さんの次回公演情報

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「タイタニック」

1997年、トニー賞をはじめ5部門を受賞した大ヒットブロードウェイミュージカル『タイタニック』が、2007年の日本公演に引き続き、2年ぶりに再演される。処女航海で難破した豪華客船タイタニック号に乗り合わせたさまざまな人物の人間ドラマを、松岡充、岡田浩暉、宝田明ら豪華キャストが演じる。我らが大澄賢也も前回公演に引き続き出演するぞ。2009年の年始めを感動で飾ろう!

2009年1月24日(土)~2月8日(日)
東京国際フォーラム ホールC
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取材・文/ボブ内藤(方南ぐみ) 撮影/庄司直人(TFK)

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