- 浅野 和之(あさの・かずゆき)
- 1954年2月2日生まれ。東京都出身。
安部公房スタジオ、劇団夢の遊眠社を経て、舞台、映画、テレビなど幅広く活躍している。2005年『ブラウニング・バージョン』、『12人の優しい日本人』の演技で第40回紀伊国屋演劇賞個人賞、第13回読売演劇大賞最優秀男優賞を受賞した。
もともと子供のころから人前に出て何かをすることには興味があったんです。クラスにたいがい、ひとりはいますよね、そういうお調子者が(笑)。それが「俳優になりたい」という希望に変わるのは、ずっと先の話ですけど、特別なきっかけがあったわけではなく、自分なりにお調子者道を究めていったら、いつの間にか俳優という道にたどりついていた。そんな感じなんです。
最初にその一歩を踏み出したのは1976年、安部公房スタジオに入所したときでしょうか。桐朋学園大学の演劇科で学んでいたとき、安部さんの授業を受けて興味を持ったんです。当時の安部公房スタジオは、今でいうパフォーミング・アートを芝居に取り入れた画期的な公演も手がけていて、脚本家や演出家が机上で演劇を作るのではなく、俳優が自らの肉体を使って試行錯誤しながら作っていくという、当時の日本では珍しいことをやっている演劇集団でした。
時代背景としては、文学座や俳優座、劇団民藝といった新劇に対して、状況劇場や劇団黒テントなどのアングラ演劇が全盛のころで、そうした演劇の潮流から外れた、浮遊する場所で活動をはじめたわけです。
とはいえ、いったん稽古がはじまると、3カ月から半年はバイトもできないような状態で、安部公房スタジオにいた20代は文字通り、演劇漬けの毎日でした。
だから、「将来、どんな俳優になるべきか」なんてビジョンはそれほどなく、目の前のことにひたすら夢中になっていました。今振り返ってみると、それだけ充実していた毎日だったんだなと思いますね。
20代は充実していたとはいえ、30代が近づいてくると、自分のやりたいことがだんだん見えてきました。もっと他の場所で、パフォーマンス以外の芝居をやりたいと思うようになったんです。
それで、安部公房スタジオを退団した直後、桐朋学園の同級生に「何もしていないのなら、劇団を創立するのを手伝ってくれないか」と誘われるわけです。これが転機のはじまりで、その同級生を介して野田秀樹さんと知り合うことになり、夢の遊眠社の公演に参加するきっかけになったんです。
当時、夢の遊眠社は創立10周年をむかえ、国立代々木競技場に1日で26400人の観客動員数を記録するという「伝説」を成し遂げた直後のころで、うなぎのぼりに人気が上昇していました。
僕は、プロデュース公演に一度参加させてもらって、野田さんから「これからも一緒にやってみる気ない?」と誘われるわけですけど、その言葉は意外でした。というのも、僕がそのころやっていた芝居は、人間心理のリアルさを追求したものが多く、ファンタジックな夢の遊眠社の作風とは合わないと思っていたから。
ただ逆に、それは実にわくわくするような提案で、迷うことなく「よろしくお願いします」と答えていました。
結局、夢の遊眠社にはそれから解散までの5年間も在籍することになるわけですが、本当に貴重な経験を積ませてもらったなと思います。途中からは「この劇団に骨を埋めるんだ」くらいの気持ちになっていましたからね。ただ、そんな劇団が解散してガッカリしたかというとそうでもなくて、野田さんの口からその話を聞いたときは、「すごい人だな」と感心しました。ものを作る人というのは、そういう潔さも大事なんだと教えられたような気がしましたね。
今まで、自分の演技の方向性に悩んだり、迷ったりしたことはあっても、不思議と「やめたい」と思ったことはないんです。それはなぜかというと、必ずそこには僕の背中を押してくれる「誰か」との出会いがあったからなんですね。
夢の遊眠社を離れてからもそういう経験の連続で、新しい出会いが新しい自分の発見につながっていきました。
演劇というのは、その制作過程において、俳優やスタッフらによるカンパニーが濃密な時間を過ごすことになります。もちろん、テレビや映画の現場も、長い時間をかけて「いい作品を作る」というひとつの目標に向かって走るという意味では同じなんですが、演劇の場合、同じ時間、同じ場所に集まらなければ成立しないという点で、お互いの関係性はさらに深くなります。僕の場合、性格的にそういう環境が水に合っていたんでしょうか。
ちなみに、「いいカンパニー」というのは、演出家がすべての俳優に目配りが利いていて、俳優からもアイデアを提案できるような自由な雰囲気のあるカンパニーだと僕は思っているんですが、そうした人たちと出会えたときはとてもわくわくするんです。さらにそこで、「いい芝居」を作ることができたときは、すごい達成感があります。ただ、その一方、千秋楽の公演を終えて、打ち上げから帰ってきた翌朝などは「もう終わっちゃったんだな」という一抹の寂しさも感じるんだけど、その寂しさも含めて、すべてが演劇の醍醐味なんですね。
取材・文/ボブ内藤(方南ぐみ) 撮影/石井和広(TFK)












