父が日本舞踊家でしたから、小さいころから多くの演劇に連れていってもらいました。ただ、芝居そのものに興味があったかというとそうではなくて、ただガラス張りの幼児席に入れられるのはイヤだという理由で、我慢して観劇していました。
そんな僕が、真の意味で面白いと思えたのが、歌舞伎でした。1972年、京都南座で初舞台を踏んだときのこと。その公演に一座していらしたのが、後に僕の師匠になる市川猿之助です。そのとき師匠は十八番の『吉野山』の狐忠信を演じていました。まるでディズニーワールドに来たかのような面白さを感じて、衝撃を受けましたね。狐忠信とは、人間以上に深い親子の情を持った狐のことで、最後、吉野山の桜吹雪の中を狐六方で去っていく場面が圧巻でした。なぜそれが当時8歳の僕の心に響いたのか、とても不思議なことですけれど、おそらく師匠がその役で表現した、親を思う子狐の無垢な心が僕の童心とうまく重なり合ったのかもしれません。師匠が演じる狐忠信が、僕の目にはピーターパンのように写りました。
この出会いが、今の僕のルーツです。自分の出番が終わると急いで化粧を落とし、客席で狐忠信を観るのが楽しみでした。この出会いがなければ、師匠の部屋子になることはなかったし、本名の武田右近とは別に市川右近という名前を持つことはありませんでした。もちろん、その初舞台から35年後、『シラノ・ド・ベルジュラック』でシラノを演じることもなかったはずです。
師匠から「中学生になったら、上京して本格的な歌舞伎の修業をしないか」と誘われたのは、小学6年生の秋のこと。薦められた進学先は、師匠の母校である慶應大学の付属校でした。ところが、芝居に夢中で進学塾にも行く暇のなかった僕は、学力にはまったく自信がありませんでした。案の定、進路相談で先生に慶應を受けたいと言うと、大阪弁で「アホか」と言われましたよ。
それでも、受験研究社の『自由自在』などの参考書を買ってきて、すべてを暗記するような勢いで猛勉強しました。一次試験の合格発表の日は、ダメだろうとあきらめ半分でしたけど、自分の受験番号が掲示板にのっているのを見たときは、奇跡が起こったと思いましたね。師匠のそばに行きたいという思いが、火事場の馬鹿力を起こしたのでしょう。
無事、中学校に入学し、憧れの師匠のもとで歌舞伎を学ぶ日々は、夢のような日々。子供ですからホームシックもありましたけど、それ以上の楽しさがありました。そんな中、自分は長男なので、日本舞踊の世界に戻って父のあとを継ぐのかなぁという考えもありました。しかし、東京の師匠の元に行くと言ったのは自分です。中学生のころはそんな風に、歌舞伎の世界か日本舞踊の世界か自分は一体どっちへ?
と思ってました。ノウテンキでしたネ(笑)。
ところが、僕が中学3年生になったある日、師匠と父の間でこんなやりとりがあったそうです。「中学を卒業したら、大阪へ連れて帰られますか?」という師匠の質問に父は、「中学でお預けしたとき、一生お預けするつもりでした」と答えてくれたんです。僕は覚えていないんですが、それ以前に「歌舞伎を続けたい」と僕は父に語っていたそうで、それを聞いた父はすでに腹をくくってくれていたんですね。とにかくその瞬間から、僕の生きる道がはっきりと決まりました。
『シラノ・ド・ベルジュラック』は、僕にとって大事な作品です。2007年の初演のとき、尊敬する師匠と故郷の父のふたりに褒められた作品でもあるからです。
実は父は変わった経歴を持った人で、若いころ、日本舞踊家を志しながら関西の青猫座という劇団の俳優だったんです。父にとって『シラノ』のような翻訳劇は馴染みが深い作品で、僕がシラノを演じたことをとても喜んでくれたんです。「最高によかった」という言葉は、歌舞伎の公演を観てくれたときにもなかなか出なかった言葉です。今年、念願の初孫の顔を見せたときと同じくらいの喜びようで、初めて親孝行ができたと思いました。
師匠は、「うちの教え子の中から、シラノを演る役者が出るとはな」と喜んでくれました。このとき思い出したのは1989年、若手門下を中心に結成した二十一世紀歌舞伎組の公演『伊吹山のヤマトタケル』で、師匠のスーパー歌舞伎の原点となったヤマトタケルを演じたときのこと。最後の場面で、本編同様「天翔る心...それがこの私だ」というセリフがあるんですが、当時の僕にはその意味がわからず、何度も師匠に教えを乞うたんです。
その後、20数年、数々の役を通して人生経験を積んで、うっすら理解できてきたような気がします。「天翔る心」とは、大和国家の設立に命を尽くしたヤマトタケルの、私利私欲のない無垢な魂を表した言葉なんですが、当時24歳の僕は、師匠の「人生の啖呵(たんか)のようなものだ」という説明を聞いても理解できませんでした。そのとき、師匠は別の説明を見つけてくださって、「『シラノ』の最後のセリフだよ」とおっしゃったんです。名訳と言われる岩波文庫の台本を読むと、シラノが決して捨てられないアイデンティティである羽根飾を指し示すところで終わるんですが、「羽根飾」の部分に「こころいき」というルビが振ってあるんです。まさに、「天翔る心」にも通じる言葉です。シラノを演じることで僕は、高き志を自身の人生に刻み込む、二度目のチャンスをもらったんですね。
-
市川右近・安寿ミラ 出演
『シラノ・ド・ベルジュラック』 市川右近と安寿ミラの『シラノ・ド・ベルジュラック』が、ついに再演される!
50人以上の登場人物を7人の言葉の強者が、瞬時に演じ分けながら粋で、生きのいい舞台を作り上げる。スピーディーに、コミカルに、笑わせ、泣かせ、一気に駆け抜ける。手には剣、唇には言葉、心には羽根飾(こころいき)を。カラッとした舌触りの「シラノ」を、たっぷりとご堪能あれ!
東京公演 2011年2月4日(金)~2月6日(日) サンシャイン劇場
取材・文/ボブ内藤 撮影/松谷祐増(TFK)











