【注目インタビュー 私のターニングポイント Vol.113】近藤芳正『10代、20代、30代と10年ごとに転機を迎えています』(掲載開始日:2010年11月11日)

近藤 芳正(こんどう・よしまさ)
1961年8月13日生まれ。愛知県出身。81年、劇団青年座研究所に入所。卒業後は劇団七曜日の旗揚げに参加し、後に劇団員となる。91年から積極的に客演を行い、東京サンシャインボーイズには『99連隊』から連続して出演する。以後、テレビや映画でも幅広く活動している。2001年には劇団♪♪ダンダンブエノを旗揚げ。2009年には、演劇ユニット・バンダラコンチャを一人で立ち上げた。

舞台デビューは、いきなり主役でした (近藤芳正)

人前で初めて演技をしたのが、小学校の学芸会。『夕鶴』の主役は誰がいいかを投票することになったんですが、僕がいちばん「与ひょう顔」だということで抜擢されたんです。それが同級生のお母さんとか、担任以外の先生方からもほめられまして、それがすごくうれしかったんですね。

そこで、児童劇団に入りたいと親にお願いしたんですが、そのころ絵を描くのも好きで、油絵の道具を買って欲しいというお願いもしていたんです。そのとき、「両方は無理。どちらか選びなさい」と言われたのが今考えてみると、大きな決断でしたね。子供ながら悩み抜いて選んだのが、劇団の道でした。

中学生のときには、NHK名古屋放送局制作の『中学生日記』のオーディションに受かって出演することができました。親や学校の先生とは違う大人と混じって「仕事」をしている感覚が面白くて、自分も大人になったらこういう仕事をしたいと思うようになっていました。

『中学生日記』で風間先生を演じた湯浅実さんには名古屋にいたころに1年間、演技の基本を教わったんですが、19歳で上京したときは、目的がはっきりしていていました。その後、劇団青年座の研究生になり、いろいろな先生に演劇を学んだことは、とても有意義な体験だったと思います。実際、そのころの僕は漠然と俳優になりたいとは思っていたけど、具体的に何をやりたいのかは定まっていなかったんです。先生方は、そんな僕に演劇に対する目を開かせてくれたんですね。自分でもいろんな演劇を観て刺激を受けたりして、だんだんやりたいことがわかってきました。

30歳を目前にして「辞めようか」と思った (近藤芳正)

とはいえ、青年座研究所を卒業したあとは、劇団員になることはできず、しばらくは新聞や雑誌で見つけたオーディションを片っ端から受けたりしていました。

その中のひとつが、劇団七曜日の旗揚げ公演でした。いわば偶然の巡り合わせのようなもので、自分のやりたいことができたという実感はそれほどありませんでした。実際、旗揚げ公演の直後に劇団員になったわけではなく、コント赤信号のリーダー(渡辺正行)の誘いを受けて公演に出てみたり、ダチョウ倶楽部の前身のキムチ倶楽部の人たちとコントをやったりしていましたからね。でも、フリートークというのが僕は苦手で、イベント系の公演ではいつも居心地の悪さを感じていました。

そんないきさつがあって、旗揚げ公演から3年目くらいに劇団七曜日に舞い戻ることになりました。役者として後輩の面倒を見たり、制作面でもどうやったらお客さんがたくさん入るんだろうってことに心を砕く毎日がはじまったわけです。小さな劇場からスタートして、少しずつ大きな劇場にステップアップしていけば、食っていけるようになるんじゃないかと考えて、自分を殺してでも劇団のためを考えていました。

ところが20代後半のころ、そういう生活が嫌になっちゃったんです。10年やってもバイト生活で、30歳もそろそろ近づいているわけですから。ただ、辞めたあとで後悔はしたくなかったから、自分で面白いなと思った劇団に働きかけて、積極的に客演活動をはじめたんです。そうして出会ったのが、東京サンシャインボーイズでした。僕は、29歳になっていました。

バイトせずに食えるようになったのは、33歳くらい (近藤芳正)

こうしてふり返ってみると、僕は10年ごとにきっちりターニングポイントを経験しているのがわかります。小学校の学芸会で演技に目覚めて10年後に上京し、その10年後、壁にぶつかって辞めようと思ったところで東京サンシャインボーイズに出会っています。

この劇団に出会ったのは、とても大きなことでした。自分がやりたいと思っていたことのすべてがそこにありましたからね。食えないのは相変わらずだったけど、それがまったく苦にならないほど満ち足りていました。

結局、バイトをせずに暮らしていけるようになったのは、33歳くらいだったかな。でも、40歳を前にした10年の節目で、やはり転機がやってきました。今思うと30代の僕は自分の好みがはっきりしていて、三谷(幸喜)さんが書くようなシチュエーションコメディに執着していたように思います。歌えない、踊れないということをむしろ望んで周囲にアピールしたりして、好みに合わない作品には興味すら感じなかった。

その反動でしょうか。「このままだと、オレは少しも成長できないぞ」と思うようになったんです。そこで、40歳を過ぎてからの僕は、「今までやったことのないことに挑戦する」ということがテーマになりました。劇団☆新感線で殺陣をやらせていただいたり、酒井敏也さんと山西惇さんの協力を得て劇団♪♪ダンダンブエノを旗揚げしたのも、その挑戦のひとつ。

そして今度は、自分ひとりでどこまで創作活動ができるか知りたくなって、バンダラコンチャを作りました。来年で50歳をむかえる今、このユニットで2回目の公演を行えるということは、この上ない喜びです。新しいことに挑戦することで、成長の糧にしていきたいと思っています。

近藤芳正さんへQ&A

Q:最近、面白かった本は?
A:斎藤孝さんの『自然体のつくり方』、それから岡本太郎さんの『壁を破る言葉』。
自分とは違う考え方を知るのが好きです。
Q:最近、ハマってることは?
A:老眼の進行と闘っていまして、『マジカル・アイ』を毎日、見ています。
現場で見ていると驚かれたりしますが。
Q:落ち込んだときに食べるパワーフードは?
A:疲れているときはなぜか豚肉に反応するんです。頭で考えるのではなく、体が欲するんですね。
そういうときは三食でもOK。

これから演劇を楽しもうと思っている人へ

僕自身がそうでしたけど、最初の出会いって大事ですよね。いいお芝居に最初に出会えればいいんだけど、そうでないと尻込みしてしまう人も多いようですね。そうならないために、演劇好きの友達の『面白かったよ』という推薦を参考にするのもいいのでは? 映画の場合、見逃しても2番館だったりDVDで鑑賞することができるけど、演劇はなかなかそういうわけにはいきません。評判を聞いたら、なるべく早く行動することも重要ですよ。

これから演劇をしようと思っている人へ

僕自身、食える食えないで悩んだ時期もありましたけど、それは重要なことじゃないような気がします。大事なのは、自分がやりたいことができているか。そのためには、自分がどうして芝居をしているのかを問いかけることが大切です。僕の場合、親の離婚などもあって、人との触れあいを求めていたことが演劇をすることにつながっていたとも言えます。演じることで、それが満たされるんです。財布だけ満たされてもダメなんですね。

近藤芳正さんの次回公演情報

バンダラコンチャ セカンドアルバム
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バンダラコンチャ セカンドアルバム
『ちんけさんと大きな女たち』

俳優・近藤芳正が立ち上げた演劇ユニット「バンダラコンチャ」の新作公演『ちんけさんと大きな女たち』が、2011年1月14日から東京・青山円形劇場で上演される。2009年には、坂井真紀辺見えみりを迎えたユニット初の公演『相思双愛』を上演しているが、「セカンドアルバム」と冠された第2回目公演には、黒谷友香山崎静代(南海キャンディーズ)をはじめ、オーディションやワークショップを経て決定した8人を加えた全11人の出演者が登場。劇中の音楽は、CMや映画音楽でも才能を発揮しているトクマルシューゴが手掛ける。2011年の幕開けは、近藤芳正の独特の世界観にひたってみよう!

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取材・文/ボブ内藤 撮影/松谷祐増(TFK)

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