【注目インタビュー 私のターニングポイント Vol.104】山崎一『芝居さえやっていればそれだけで充足していました』(掲載開始日:2010年7月16日)

山崎 一(やまざき・はじめ)
1957年9月13日生まれ。神奈川県出身。東海大学工学部応用物理学科卒業後、早稲田小劇場、劇団パラノイア百貨店を経てフリーの俳優に。以後、宮沢章夫松尾スズキケラリーノ・サンドロヴィッチ長塚圭史栗山民也蜷川幸雄など多くの劇作家、演出家に信頼される俳優として活躍している。

保育園の謝恩会で歓声を浴びたときの衝撃がすべての始まり (山崎一)

大学では応用物理が専攻でしたから、卒業後は研究所に就職したりするのが本来の道だったんでしょう。ところが、自分がサラリーマンには向かないってことはよくわかってましたから、せめて好きな道に進もうと考えて演劇の道を選んだんです。

思えば保育園の謝恩会で「一休さん」の小坊主1という役をいただき、本番で「わぁーっ」という客席の歓声を受けたときの衝撃からすべてがはじまっているんです。小学校の学芸会も毎年はりきって参加しましたし、高校時代も演劇部に所属しました。大学3年生のときにも、ある新劇の研究生のオーディションを受けて大学を辞めようと画策したんですが、親の猛反対と資金難のために断念したり。

だから、晴れて大学を卒業した後に、早稲田小劇場のオーディションに受かったときはうれしかったですよ。それで食っていこうなんて気はさらさらなくて、芝居ができるってだけで満足でした。

ところがです。それだけ芝居が好きなのに、「これだ」という手応えを感じられるような公演には、その後、なかなか巡り会えなかったんです。実際、早稲田小劇場では1年間の研修を経て劇団員になったんですが、どうにもなじめないものを感じて半年で辞めてしまいました。

思えば、高校の演劇部にもうまくなじめなくて、積極的に活動していたわけではないんです。単に感覚的なものなんですけど、自分の居場所をそこに見つけられずにいたんですね。

手応えを感じられずもがき続けた20代のころ (山崎一)

20代はそんなもやもやした感じがずっと続きました。仲間と劇団を作ったり、解散したりをくり返しても、手応えを感じられることはありませんでした。

それで29歳になったとき、「芝居を辞めよう」と決心して、1年間は何もしないで過ごしていました。とはいえ、それまでも年に2回ほど公演をやって、その間はずっとアルバイトで暮らしていましたから、生活そのものはそれほど変わらなかったですけどね。このころ、いちばん長く続いたアルバイトがビルの防水工で、あとは国分寺市で遺跡発掘の仕事もずいぶんやりました。デスクワークの仕事は案の定、あまり長続きしませんでしたけどね(笑)。

ところが、1年も芝居から離れていると、自分の中で「芝居をやりたい」という気持ちがフツフツとわき上がってきたんです。そこで、知り合いに頼み込んで参加させてもらったのが、パラノイア百貨店という劇団の公演でした。

実は、この劇団の座長の岡本圭之輔さんがラジカル・ガジベリビンバ・システムの宮沢章夫さんや松尾(スズキ)くん、それからケラさん(ケラリーノ・サンドロヴィッチ)といった人たちと親交を持っていたんです。そのおかげで、その公演を終えてすぐに大人計画から客演依頼の話をいただきましたし、その後も宮沢さんやケラさんも声をかけてくださるようになるんです。

もう、すべての公演が楽しかったですね。特にケラさんの『カラフルメリィでオハヨ』は、僕にとって思い出深い公演でした。保育園の謝恩会で感じた手応えに、30歳を過ぎてようやく巡り合ったんですね。

これまでやり続けてこれたのは、ある意味、馬鹿だったから(笑) (山崎一)

結局、アルバイトせずに食べていけるようになったのはNOVAのCMに出演してからですから、35歳を越えてました。その間、ひとつの劇団に長く所属することもなしに芝居をやり続けてこれたのはなぜかというと、あまり将来のことを考えてなかったからだと思うんです。ある意味、馬鹿だったんですね。

同じ年の友達が家庭を持って、会社でもそこそこ出世してある程度の収入を得ているのを見ても、少しも嫉妬を感じませんでした。逆に言えば、芝居さえやっていれば、それだけで充足していたんでしょう。いつも新しい発見、新しい刺激があった。

そうした充足感は、今も変わりません。いろんな人との出会いがあって、そのたびに目を開かれています。世代的には僕より二世代くらい年下の(長塚)圭史との出会いも、僕にとっては大きな出来事でした。

それまで僕は、翻訳劇に言葉に対する違和感、偏見を持っていて、いつか圭史にそのことを飲み屋で話したことがあるんです。すると、「そんなことはない。芝居の本質は翻訳劇も同じなんだ」という反論が返ってきました。彼が演出する『ピロー・マン』(マーティン・マクドナー作)のオファーが来たのはその直後のこと。台本を読んでみると世界観の暗さに辟易して、稽古の初日は「なんで受けちゃったんだろう」と後悔でいっぱいだったんです。ところが、圭史の演出を受けてみると、暗い世界観の裏側にあるおかしさみたいなものが見えてきて、こんなこともできるんじゃないか、あんなこともできるんじゃないかって、すごく楽しい芝居作りを体験できたんです。

そういう意味で今回の『ハーパー・リーガン』は、とても楽しみな公演なんです。ロンドン留学から帰ってきた圭史が、どんな手みやげを持ってくるのか、それを考えると本当にわくわくしますね。

山崎一さんへQ&A

Q:最近、ハマってることは?
A:野田(秀樹)さんから『サッカーと芝居の位置どりは似ている』と聞いたことがきっかけで、
サッカー観戦が大好きです。
Q:小学校の時の将来の夢は?
A:バキューム・カーの運転手に憧れました。汲み取り式のタンクにホースを突っ込む姿が、
カッコよく見えたんです。
Q:最近、読んで面白かった本は?
A:河合隼雄さんの本はずっと読み続けているんですけど、今読んでいるのは対談集の
『こころの声を聴く』です。

これから演劇を楽しもうと思っている人へ

演劇って、最初が肝心なんですよね。そこでいい芝居に巡り会うかどうかで、長く演劇とつき合っていけるかどうかが決まってしまう。でも、最初に面白くない思いをして演劇から離れてしまった人は、本当にもったいないと思いますね。だから、少なくとも3本くらいは観てくださいとお願いしたいです。演劇はライブなので、映像では決して味わえない感動がきっとあるはずなんです。

これから演劇をしようと思っている人へ

大事なことは、自分を信じること。でも、物事がうまくいかないときって、自分を信じられなくなってしまうものですよね。そういうとき、僕は心理学者の河合隼雄さんの本を読んで自分を見つめ直しました。悩んでいるときって、物事を主観的にしか見ることができなくて、視野がせまくなっていることが多いんです。そのとき、ふと視線をずらしたり、自分を客観的に分析するだけで悩みが解消されたりするものだと思うんですよ。

山崎一さんの次回公演情報

パルコ・プロデュース
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パルコ・プロデュース
「ハーパー・リーガン」

1年間のロンドン留学から帰国した長塚圭史が帰国後、最初に演出に挑む翻訳作品である『ハーパー・リーガン』(作:サイモン・スティーヴンス)。ひとりの女性の2日2晩の旅を追う本作で主人公のハーパー・リーガンを演じるのは、これが5年ぶりの舞台となる小林聡美。対する出演陣は山崎一美波大河内浩福田転球間宮祥太朗木野花と豪華な顔ぶれだ。このチャンスを見逃すな!

東京公演 水戸公演
2010/9/4(土)~9/26(日) 2010/9/29(水)
PARCO劇場 水戸芸術館ACM劇場
大阪公演  
2010/10/2(土)~10/3(日)  
梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティ  
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取材・文/ボブ内藤 撮影/松谷祐増(TFK)

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