【注目インタビュー 私のターニングポイント Vol.102】野村萬斎『優れた表現には時代や国境を越える力がある』(掲載開始日:2010年6月10日)

野村 萬斎(のむら・まんさい)
1966年4月5日、東京生まれ。祖父・故六世野村万蔵および父・野村万作に師事し、3歳で初舞台を踏む。国内外で多数の狂言・能公演に参加、普及に貢献する一方、現代劇や映画、テレビドラマ、NHK『にほんごであそぼ』に出演するなど幅広く活躍している。2002年より世田谷パブリックシアター芸術監督をつとめる。「狂言ござる乃座」主宰。重要無形文化財総合指定者。

狂言師として表現できる身体をひとつひとつ習得していった (野村萬斎)

当然のことながら、最初から狂言師になりたいと思っていたわけではなくて、祖父や父からアメとムチを受けながら、少しずつこの世界に入っていきました。大好きだったウルトラ怪獣の人形が舞台を踏むごとに増えていくのに狂喜乱舞する一方、稽古では厳しく型を教え込まれるわけです。腕が少しでも下がっていたら注意され、ちょっとでも高ければ叱られ、それこそ調教と呼ぶにふさわしいやり方で体に型をプログラミングされるんですね。

中学を卒業して自我が芽生えるころになると、そのまま狂言師の道を進むことに葛藤もしました。そういう意味で転機となったのは、17歳のときに「三番叟(さんばそう)」を披(ひら)いたこと。

とても高度な身体能力を求められる演目で、習得には厳しいトレーニングを要するんですが、これを乗り越えたことでひとつの関門を突破したような達成感がありました。狂言師として、表現することのできる身体をひとつ、獲得したような感覚。アイテム装着、ですね(笑)。

そして、このときの舞台の写真を見た黒澤明監督が、僕を『乱』に起用してくださったんです。それまで舞台だけで表現してきたことが、映像の世界で試されたわけで、とても新鮮な体験でした。

こうして表現の場が狂言だけでなく、さまざまな世界に広がっていくことで、表現者としての自覚が芽生えていったような気がします。

シェイクスピアに関わってイギリス留学を決心 (野村萬斎)

東京グローブ座の『ハムレット』の舞台に立ったのが24歳のときで、これが僕にとって初めての現代劇でした。足袋でも草履でもなく、靴を履いて舞台に立つことからして初めての体験だったし、声の出し方、立ち方まで狂言とはまったく違う方法で演じたという点で、とても刺激的でした。

ただ、シェイクスピアの戯曲は子供のころから読んでいたし、初めて映画に出演した『乱』も、『リア王』を下敷きにした作品ということもあって、シェイクスピアとの縁は深いんです。

その翌年にはイギリスのジャパンフェスティバルに参加して、『ウィンザーの陽気な女房たち』を狂言に翻案した『法螺侍』に出演したんですが、これをきっかけにシェイクスピアをもっと知りたいと思ったし、演出することの興味も高まって、イギリス留学を決心していました。シェイクスピアを中心に、いろんな出来事がリンクしているのは面白いですね。

帰国してからも、シェイクスピアとの縁は続いていて、『まちがいの喜劇』を狂言に翻案した『まちがいの狂言』(2001年初演)、ジョナサン・ケント演出でロンドン公演も果たした『ハムレット』(2003年)、それから『リチャード三世』を翻案した『国盗人』(2007年)、という具合につながっていきました。

狂言とシェイクスピアの演劇は、まったく違う土地で育ってきた文化ですが、中世の時代に生まれた古典であるという共通点を持っています。しかも、古典だからといって解釈や表現方法が固定化されているのではなく、今の時代に新しい息吹を吹き込むような現代性を持っているのがすごいところですね。

現代性のない作品には上演する意義がない (野村萬斎)

蜷川(幸雄)さんとの出会いは、2002年の『オイディプス王』がきっかけですが、スケールの大きな演出に加えて、麻実れいさんや吉田鋼太郎さんといった個性的な共演陣に対抗するのに死にものぐるいでした。そもそもギリシャ悲劇というのは、肉食人種が作り出した独自の文化だということがよくわかるくらい、肉体を酷使するんです。2004年にアテネの古代劇場で『オイディプス王』を再演したときには、体がバーストするかと思いました(笑)。

その後、『わが魂は輝く水なり』(2008年)に続き、今回の『ファウストの悲劇』で再び蜷川さんと顔を合わせるわけですが、とても楽しみにしているんです。

悪魔メフィストフェレスに魂を売ったファウスト博士の物語には、わくわくするような現代性を感じます。人間が神に刃向かい、享楽にふける様は、まさに現代そのもの。パソコンをインターネットにつなげば、今の世は悪魔的な誘惑に満ちあふれているじゃないですか(笑)。

こうした現代性にこそ、表現する意義を感じるし、それは古典でも新作でも同じことだと思うんです。

また、優れた表現というのは、時代だけでなく、国境を越える力も持っています。つねに世界に通用するような作品を生み出すこと、それが僕の共通のテーマです。

野村萬斎さんへQ&A

Q:もし、狂言師になっていなかったら?
A:ちょっと想像がつかないです。狂言ではない場所で活動しても、俳優とか、演出家と名乗ることすらないですからね。
Q:最近の悩みごとは?
A:最近というか、今の時代になぜ狂言をやらねばならないのか、ということをつねに考え続けています。悩み多き人生(笑)。
Q:初めて感動したお芝居は?
A:サイモン・マクバーニーの作品は、留学中に観た中で最高でした。
まさに「優れた表現は、国境や時代を超える」ですね。

これから演劇を楽しもうと思っている人へ

演劇の何よりの魅力は、ライブ感。その場に居合わせなければ見たり、感じたりできない

ことが必ず体験できるはずです。もちろん、そのためには想像力を働かせたり、舞台

で起こっていることに集中することを強いられたりもするでしょうが、それくらいのこと

をする価値はきっとありますよ。

これから演劇をしようと思っている人へ

『好きこそものの上手なれ』という言葉がありますが、上手になるためには、好きである

ことだけでは不十分。技術というものは、自然に身につくものではありませんから、それ

を習得するための努力は欠かせません。そして、さまざまな経験を積むことで感性を磨く

こと。『いい役者』と呼ばれる人は、必ず何かひとつ、優れた面を持っているはずだと思

うんです。

野村萬斎さんの次回公演情報

ファウストの悲劇の画像画像を拡大する
ファウストの悲劇

ファウストの悲劇』は、シェイクスピアと同時代に活躍したイギリスの劇作家クリストファー・マーロウによって書かれた作品。演出家、蜷川幸雄がファウスト博士役に起用したのは、『オイディプス王』(02、04年)、『わが魂は輝く水なり』(08年)で蜷川と強力タッグを組んだ野村萬斎。悪魔メフィストフェレスを演じるのは蜷川作品でも数々のキーパーソンを演じる勝村政信。他にも近年オペラ演出など活動の幅を広げている白井晃や、阿佐ヶ谷スパイダース長塚圭史など、注目キャストが多数出演。

尽きることのない知識欲を限界まで追い求め、神になるべく悪魔に魂を売ったファウスト博士の物語が現代に生き生きと蘇る!

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取材・文/ボブ内藤 撮影/清水真帆呂(TFK)

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