- 浅野 ゆう子(あさの・ゆうこ)
- 1960年7月9日生まれ。兵庫県神戸市出身。13歳で芸能界デビューし、アイドル歌手、モデルとして活躍。80年代後半~90年代前半にかけては、『君の瞳をタイホする!』、『抱きしめたい!』などのドラマに出演し、トレンディ女優として圧倒的な支持を得る。96年には映画『藏』で日本アカデミー賞・最優秀主演女優賞を受賞、その確かな演技力と存在感には定評がある。
アイドル歌手としてデビューさせてもらったのが13歳のとき。小学校を卒業後に上京して、まだ右も左もわからない子供だった私は、もうそれだけで天地真理さんのような人気歌手になれるんだと思っていました。
確かに、デビューした年にレコード大賞の新人賞をいただき、最初は順調な出だしでした。ところが、アイドルにとっては2年目からの活躍が何より重要なんですが、私は新しくデビューしてきた人たちに追いつき追い越され、いつしか鳴かず飛ばずになっていました。
その結果、雑誌のグラビアを中心にモデルの仕事をしたり、テレビドラマやバラエティ番組など、呼んでいただける仕事があれば手当たり次第に何でもこなす毎日。
そんなある日、「あなたの本業は何ですか?」と取材で聞かれ、「あれっ?」と思ってしまったんです。芸能人は名刺を持たないといいますが、もし名刺を作るとしたら、私は何という肩書きを名乗ればいいんだろうと疑問に思ってしまったんですね。歌手だろうか?それともタレント? モデル?
と考えて、女優という言葉が思い浮かびました。自分に向いているとか、まわりの評価を参考にしてとかそういうことではなく、私自身が「女優になりたい」と思っていることに気づいたんですね。
そうやって、「女優、浅野ゆう子」になるための一歩を踏み出したのが20代後半のこと。ずいぶん遅いスタートだなと思いますけど、いろいろな経験をさせてもらった中での決断だったので、気持ちは揺るぎませんでした。
一人前の女優になるには、新しいことに挑戦して経験を積むということが重要ですが、ありがたいことに「女優になりたい」と決意する以前から貴重な経験を積ませてもらっていたんです。
森繁久彌先生の舞台に立たせてもらったのも、私にとってはとても光栄なことでした。『赤ひげ診療譚』の舞台に立たせてもらったのが最初の出会いで、その後、『孤愁の岸』にも起用していただいたんですが、着物の所作もわからない小娘相手に、手取り足取り演技をつけてくださったんです。本当にありがたいことですね。
森繁先生は舞台を心から愛されている方で、テレビドラマの仕事を評して「紙芝居ばかりやるんじゃないよ」と私にアドバイスしてくださいました。その後、私はその「紙芝居」の世界で、トレンディドラマと呼ばれる活動の場を与えられることになるんですが、ここでいろいろな役をこなすことができたのは、森繁先生をはじめとする大先輩の指導を受けていたからだと思うんです。
映画『藏』で、一色紗英ちゃん扮する主人公の烈の育ての親、佐穂を演じることになったのが35歳のとき。母親の役は、それまでにもいくつか経験してはいたんですが、この役は実年齢よりずっと年上の女性という設定でしたから、大きなチャレンジでした。
でも、新しい挑戦には得ることも多く、ひとつひとつの作品で挑戦し続けることで、私は少しずつ成長してこれたのだと思います。
ですから、ドラマ『大奥』のお話をいただいたときは、本当にわくわくしました。
まず、トレンディドラマを手掛けたフジテレビが本格的に挑戦する時代劇だということ。そして、私が演じるのが篤子を徹底的にいじめ抜くヒール役、大奥総取締の瀧山だと聞いて、さらに興味が湧きました。これこそ役者冥利につきるお話だとピンときて、ぜひやらせてくださいとお願いしたんです。
実際、この新しい体験は、とても楽しいものになりました。視聴者の方々の「瀧山、面白い!」という励ましを受けて演技もエスカレートしていき、とうとうスタッフからも「怖い!」と声があがるような瀧山像ができあがっていったんです。
最初の予感は見事に適中したわけですね。女優にとって、こういう「当たり役」に巡り会うということは、とても幸せなこと。その後、このドラマがシリーズ化され、映画化され、そして2007年、明治座という大舞台で初演をむかえたときは、感無量でした。
ただ、監督、脚本、キャストともに、できる限りオリジナルメンバーをそろえ、テレビドラマの『大奥』のエッセンスをそのまま舞台に持って行こうという試みは、ある意味とてもハードルの高い挑戦だったと今となっては思います。
幸い、明治座さんからも「若い層のお客さんに支持された」という評価をいただき、舞台は大成功しましたが、それだけに今回の再演は、さらにハードルの高い挑戦になると思います。初演にない趣向をこらし、さらに完成度の高いものを表現したいと思っていますので、ご期待ください!
取材・文/ボブ内藤 撮影/松谷祐増(TFK)











